二月逃げ一年も逃げ始めたり   今泉恂之介

二月逃げ一年も逃げ始めたり   今泉恂之介 『この一句』  毎年二月の末になるとこの句を思い出す。この作者には名句がたくさんあり、この句が特に抜きん出ているというわけではないのだが、六、七年前の句会にこれが出てきた時、その機知と諧謔に感心した。今読み直してもつくづく「そうだなあ」と思うのである。読む者にそう思わせてしまうのは、句にそれだけの力があるわけで、つまり名句の資格を備えているということであろう。  二月という月はほんとにあれよと言う間に過ぎてしまう。一月は年の初めでいろいろな行事があり、華やかな気分に満たされる。故郷を持つ人は久しぶりに実家の両親や親戚縁者との往来を楽しむ。若者は着飾って新年行事に出かけ、センター試験だ就職内定会社の集まりだと、忙しくも楽しい時を過ごし、将来の思い出を積み重ねる。しかし二月は何と言うこともなく日がたってしまう。まさに「逃げる」という感じで終わってしまうのだ。  そして三月になれば四月の年度始めを控え、世の中が目まぐるしく動き出す。もう二ヶ月が消えてしまい、一年が逃げ始めたのである。(水)

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パンジーが四方八方向く日向   杉山 智宥

パンジーが四方八方向く日向   杉山 智宥 『合評会から』(水木会) 正市 「が」とか「向く」とかが気に入らないんですが、感じとしてはいいところを捉えている。「パンジーの四方八方日向かな」とやったらいいと思うのですが。 正 パンジーが日差しいっぱいの庭に咲き乱れている情景を的確に描写している写生句。 光久 「四方八方」という表現が気さくな花パンジーに合っている。           *  見たままを詠んで春たけなわの雰囲気を伝え、まことに感じがいい。パンジーは暮れから盛んに咲き始め、寒い戸外で元気よく咲き継ぎ、やがて陽光燦々たる仲春ともなると伸びた花茎があちら向きこちら向き、野放図な姿になる。それがまたいかにも庶民的なこの花の気分であり、ベンチに腰かけて眺めているこちらもつい居眠りでもしたくなる。(水)

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忘れたい忘れたくない春が来た    横井 定利

忘れたい忘れたくない春が来た    横井 定利 『この一句』  合評会で「キャッチフレーズみたいだが」という言葉があった。言われてみればそういう感じもあるが、よく読めばキャッチフレーズではないのは明らかだ。理由は「忘れたい」のひと言である。大震災について、日本の国民に呼びかけるなら「忘れない、忘れたくない」でなければならない。  「忘れたい」というのは、あの地震、津波、原発事故から目をそらせたい、出来るだけ考えたくないという、人間らしい心の表白とも言えよう。表面的には「忘れない」「忘れまい」と肩肘張っている。しかし時には本音をもらしたい、というところに俳句的心情が見えてくるのではないだろうか。  当欄「みんな俳句」が昨年三月二十日に始めた「震災俳句特集」のことを思わずにいられない。スタート時点では「震災の句は詠めない」という意向がかなり編集担当に寄せられたが、集まった句数は予想をはるかに上回っていた。「芽吹き」という冊子にまとまった句を改めて読み直してみて思った。詠みたくない、詠まずにいられない――。震災句を詠む心は、いまなお左右に揺れ続けている。(恂)

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春暁や眠りこけたる鳩時計      大熊 万歩

春暁や眠りこけたる鳩時計      大熊 万歩 『合評会から』(水木会) 光迷 鳩時計は壊れたのか、巻きが足りないのか。眠りこけているというのは俳味があって面白いですね。 定利 鳩が生きているようで、面白い句だと思いました。 昌魚 春暁に目覚めてもなかなか起きたくなくて、鳩時計も夢の中で眠っているという情景が浮かびます。自分も眠いときにはそんな感じのような……。 博明 午前四時ごろの一番眠りの深い時だと思うんですが、鳩時計も寝ているという感じがありますね。 水牛 面白い句ですが、春曙に「眠りこけたる」ですから、ちょっと付き過ぎかな。 *           *  木製の小屋の中に鳩がいて、時刻になると顔を出し「ぽっぽー」と鳴く。あれはもうアナログ時代の遺物である。この句の鳩時計もすでに動かないのだが、家族にはそれぞれ懐かしい思い出があって取り外さない。明け方に目覚めて柱の鳩時計を見る。そうか、お前は眠ったままなのだな、と作者は思う。(恂)

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春暁の静かな雨に目覚めけり     今村 聖子

春暁の静かな雨に目覚めけり     今村 聖子 『この一句』  この句、ちょっと変だな、と思う人がいるかも知れない。まともに解釈すれば「静かな雨(の音)に目覚めた」となるからだ。しとしと降る雨なら、むしろ気づかない方が普通で、そのまま寝続けるのではないだろうか。実は作者はごく普通に目覚め、その後に静かな雨に気づいたのだ、と私は思う。  例えば「春尽きて山みな甲斐に走りけり」(前田普羅)という句がある。春が終わる頃になったから、(信濃あたりの)山々が甲斐(山梨県)に向って走り出したなんて、現実にはあり得ない。しかし普羅は、そのように感じた。夏に入ろうとする頃、山はことに生き生きとした姿を見せる。稜線はこぞって山梨の方に走っているように見えた。それを“俳句的文法”によって表現したのだ。  「春暁の」の句も、同じ手法によっているのだろう。「雨に」を「雨が降っている時に」と解釈することも出来そうだが、そのような理屈の拡大は俳句をつまらなくする。俳句では時に、非合理的表現が合理的な表現となる。作者は、音もなき雨に目覚めた、と感じたのである。(恂)

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春暁や仔馬誕生立ちあがる      佐々木 碩

春暁や仔馬誕生立ちあがる      佐々木 碩 『季のことば』  馬は四足で立っているのが一番楽な姿勢だというが、出産が近付くとさすがに、ごろりと横になってしまう。馬を飼う家は、それからがたいへんである。出産の時間は、獣医も正確に言い当てるのが難しいという。家族が厩舎に集まり、今か今かと待ち構えるが、仔馬はそう簡単には産まれてこない。  この句の場合は明け方になってしまった。家族は徹夜であったのだろう。ようやく仔馬の頭が見え、前足が出てくる。子供たちは「がんばれ、がんばれ」と声をかける。父親や兄たちが力を合わせ、足を持ってずるずると引き出す。胎盤が出る、羊水も流れ出す。「出たぞ」「よくやった」の声。  馬は前年の春に身ごもり、妊娠の期間は三百数十日間。出産はおおよそ春になる。厩舎の外は、少しずつ明るくなってきた。家族はしみじみと「春の暁」を感じ取っているのではないだろうか。やがて仔馬はよろよろと立ちあがった。その時はもう母馬の乳を求めているのだという。「仔馬」は春の季語になっている。しかし「春暁」こそが、この句に最も相応しい季語だと思う。(恂)

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白き田に我が影伸びる寒の暮   小林 豊彦

白き田に我が影伸びる寒の暮   小林 豊彦 『この一句』  職を退いて故郷の弥彦山の麓に帰った作者は、長年人任せにしていた農作業を始めた。高校時代までは親を手伝ってやっていたことだから、まんざらド素人というわけではないが、なにしろ40数年ぶりの帰農。都会暮らしで身体がすっかりなまっていたせいで、最初は大変だったという。  ロマンチストで理想主義者だから、やり始めるととことんやらずには気が済まない。日本一のコシヒカリを無農薬有機栽培でやることにした。言うは易く行うは難しとはまさにこのこと。除草剤など撒かないから田んぼの雑草取りも生半可ではない。抜くそばから生えて来る。二番草、三番草、四番草まで取ってようやく収穫。化学肥料の助けを借りないので、収穫量は落ちる。しかし出来たお米は天下一品。品評会で金賞をもらった。東京の昔の仲間が競って買ってくれるし、第一、都会住まいの孫たちが喜んでくれるのが嬉しい。  今や大雪の真っ最中。我が田は真っ白な雪に覆われている。犬を連れて周囲を歩きながら、雪解けとともにまた始まる農作業の段取りなどを考えている。(水)

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検診のあとは鶯餅ひとつ   金田 青水

検診のあとは鶯餅ひとつ   金田 青水 『合評会から』(銀鴎会) 二堂 検診ですから、朝はもちろん抜いて来た。緊張して検査したり医師の問診受けたりして、ようやく終わってほっとした感じ。それを鶯餅に結び付けて詠んだのには感心しました。 恂之介 鶯餅というのがいいですね。ビール一杯なんて言うンじゃなしに・・。なんと言うか、身体、健康に気を使って生きているという感じが伝わってきます。 光迷 気に掛かっていたのは糖尿の気配でしょうか、それとも体重増加でしょうか。とにかくこの気分よくわかります。           *  面倒な検診を無事に終え、鶯餅をつまみ渋茶をすすっている。早春の病院近くの汁粉屋か喫茶店か。あるいは帰宅して日の当たる窓辺にくつろいでのひとときか。春の和菓子には椿餅、草餅、桜餅などもあるが、やはりこの情景には初春の鶯餅が一番良く似合う。(水)

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地面から飛び出す色やクロッカス   澤井 二堂

地面から飛び出す色やクロッカス   澤井 二堂 『季のことば』  クロッカスは早春の庭や公園の花壇を彩る貴重な花である。小さな球根をガラス鉢やぐい呑みに載せて窓辺に置いておくと、二月半ばには咲き始める。「日が射してもうクロッカス咲く時分 高野素十」というように、春待つ気分を小さな六弁の花びらにみなぎらせている。  掲出の句もクロッカスという花を実にうまく言い当てている。何も無い地面に松葉のような緑の針葉が生えて来ると、そのうちにその真ん中から蕾が現れ、黄色、紫、白、紫と白の縞の花を咲かせる。いずれも鮮やかな彩りで、あたり一面何も無いか、あっても枯葉の名残りといった無味乾燥の中に、明かりを灯したような感じをもたらす。それはまさに「地面から飛び出す色」である。  叙述の問題だが、この句は「地面から色の飛び出すクロッカス」と言った方が、早春のクロッカスの印象をより鮮やかにするのではないか、という意見が句会で出された。確かにその方が句としてしっかりするかも知れない。そう言い換えても、作者の「色が飛び出した」という発見の価値は不動である。(水)

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行く末の見えざる日々や建国日   大沢 反平

行く末の見えざる日々や建国日   大沢 反平 『合評会から』(銀鴎会) 庄一郎 今の世の中をよく表していて、しかも重い問題を優しく詠んでいるところがとてもいいと思いました。 好夫 建国記念日という季語をうまく詠んでいますね。 悌志郎 世相を憂えている句ですよね。上手に詠んだなと感心しました。 碩 建国日という兼題に合わせて、難しい世の中を詠んだところがいいですね。 正 政治の混乱、国家の理念というものが感じられない。それを嘆いている。 大虫 日本だけじゃなくて世界中が「行く末」が見えてないような状況です。建国日だから、そういうことも考える・・。 正市 建国日は難しい。苦労しました。しかし、これはうまく詠んでいる。           *  「行く末の見えざる日々や」とはなるほどなあと思う。しかし考えてみると我々の国はバブル崩壊以後、もう二十年も行く末が見えないまま漂っているのではないか。(水)

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