すっぱりと切られてをりし餅の豆  広上 正市

すっぱりと切られてをりし餅の豆  広上 正市 『この一句』  蒸した餅米を搗き上げて、別に蒸した黒豆や大豆などを混ぜ入れる。それを厚みのある楕円形に伸ばし、少し固まった時に包丁で適当な厚みに切っていく。豆餅はこうして出来上がるが、どの一枚をとってみても、すっぱりと切れた豆の断面を見ることができる。それをただ、そのままに表現した句である。  誰でも知っていることである。ごく卑近なものを、何ごともなく詠んでいるだけだ。いわゆる「ただごと俳句」であり、「それがどうした、の句」と言うことも出来よう。こんな俳句に存在価値はあるのだろうか。私は大いにある、と思っているが、その理由をはっきりと説明することができない。  この句が面白いか、つまらないか、というアンケートをとったたらどうなるだろうか。「面白い」と答える人が一、二割はいそうな気がする。なぜ面白いのか、は分からなくても、はっきりと言えることがある。俳句という宇宙の中に「ただごと俳句」と呼ばれる一隅があることは確かなのだ。普通の餅に飽きたいま、冷蔵庫から豆餅を取り出し、じっと眺めて考える。俳句って何なのだろうなぁ。(恂)

続きを読む