開運という酒汲みて去年今年     大澤 水牛

開運という酒汲みて去年今年     大澤 水牛 『この一句』  昨年、「なぬ」とつぶやいて内容を確かめた新聞記事があった。見出しは「マッコリ、日本酒を追い越す」となっている。韓国の濁り酒マッコリが日本で人気だとは知っていたが、まさか、というわけだ。記事を読めば「日本のマッコリ輸入額が、韓国の日本酒輸入額を超えた」というものであった。  日本酒のじり貧ぶりはつとに知られている。生産量は年ごとに5%ほど減っており、蔵元が次々に消えていく。酒場では焼酎類やワインが日本酒を脅かす増加ぶりで、「とりあえずビール」だけで終わってしまう人も増えているらしい。女性を中心にしたマッコリ派ももちろん軽視できない存在である。  とはいえ上掲の句は、日本酒の底力を伝えてくれた。句会の主宰者である作者が「開運」を汲みながら年を越したとは何ともめでたい。この句を見たとたん、「おお静岡の、あれはいい酒だ」と頷いた人がいた。「酔吟会」という句会のメンバーも顔を並べていたから、句を誉めつつ日本酒の開運を祈った人もいただろう。わが畏敬する酒豪たちにとって日本酒こそが、去年今年を貫くものであった。(恂)

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泰然と高野槇立つ去年今年      高井 百子

泰然と高野槇立つ去年今年      高井 百子 『この一句』  私の知人は元旦に鎮守の社に出かけ、参拝した後に境内に立つ杉の巨木に頭を下げるのを習わしにしている。地域の世話役を務めていた祖父から「我が家では代々、あの杉に新年の挨拶をしてからお雑煮を頂いている」と聞かされていたそうだ。おそらく樹齢何百年という古い杉なのだろう。  この句の高野槇(こうやまき)は、作者によると埼玉県新座市野火止の平林寺にあり、樹齢は五百年だという。同じ「槇」の名がついても、幹や葉がくねっている柏槇(びゃくしん)とは違う種類らしく、事典類によると「まっすぐ立ち、横幅もある堂々たる樹形。高さ三十辰鯆兇垢發里癲廚覆匹箸△襦  大晦日から元旦へと時が流れていく「去年今年」。初詣に出かけた平林寺の暗闇に泰然と立つ大木を想像するだけで、身の引き締まる思いがする。高野槇の名は真言宗の霊山・高野山に多く生えているところに由来するという。元々が宗教的な謂れを持つ樹木なのである。毎年、平林寺へ初詣に行き、高野槇を見上げながら、新年の誓いを立てるような人がいるのではないだろうか。(恂)

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蓮根のどの穴となく去年今年     野見山恵子

蓮根のどの穴となく去年今年     野見山恵子 『合評会から』(番町喜楽会) てる夫 蓮は穴が空いていて「先が見える」から縁起がいいということで、おせち料理に入っていますよね。いろんな穴があいていますが、「どの穴となく」とはねぇ。とぼけた味がありますね。 正裕 同じようなことを感じました。何と言っても目のつけどころが…… 啓一 時は絶えまなく流れています。蓮の穴にも流れているんでしょう。 百子 私、作者にぜひ聞きたいんです。蓮根のどこを見て、こんなことを思いついたのか。何を考えたのか。 水牛 蓮根は洗うのが結構たいへんなんだ。洗っているとき、あの穴、この穴と覗いたりしたのかなぁ。 而雲 評を聞いているうちに、実にいい句だと思うようになった。 *           *  新年初句会の兼題「去年(こぞ)」に(「去年今年」も可)という注がついていた。句会に提出された句を見ると、副題というべき「去年今年」が質量ともに圧倒的優勢。「去年」で時間が途切れるより、除夜の鐘を越えて繋がっている時の流れに、より深い興趣が感じられるのだろう。(恂)

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すっぱりと切られてをりし餅の豆  広上 正市

すっぱりと切られてをりし餅の豆  広上 正市 『この一句』  蒸した餅米を搗き上げて、別に蒸した黒豆や大豆などを混ぜ入れる。それを厚みのある楕円形に伸ばし、少し固まった時に包丁で適当な厚みに切っていく。豆餅はこうして出来上がるが、どの一枚をとってみても、すっぱりと切れた豆の断面を見ることができる。それをただ、そのままに表現した句である。  誰でも知っていることである。ごく卑近なものを、何ごともなく詠んでいるだけだ。いわゆる「ただごと俳句」であり、「それがどうした、の句」と言うことも出来よう。こんな俳句に存在価値はあるのだろうか。私は大いにある、と思っているが、その理由をはっきりと説明することができない。  この句が面白いか、つまらないか、というアンケートをとったたらどうなるだろうか。「面白い」と答える人が一、二割はいそうな気がする。なぜ面白いのか、は分からなくても、はっきりと言えることがある。俳句という宇宙の中に「ただごと俳句」と呼ばれる一隅があることは確かなのだ。普通の餅に飽きたいま、冷蔵庫から豆餅を取り出し、じっと眺めて考える。俳句って何なのだろうなぁ。(恂)

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下駄の緒のきつく締まりて寒の入り   星川 佳子

下駄の緒のきつく締まりて寒の入り   星川 佳子 『季のことば』  六日は小寒。寒の入りである。これから二十一日の大寒を経て、ほぼ一ヶ月が一年中で最も寒い寒中ということになる。昔はこれが明けると立春大吉、お正月となったのだが、新暦では元旦が寒より前に来ることになって少々混乱をもたらした。  こういうことになった明治改暦で一番困ったのは当時の俳人だろう。困った挙げ句に歳時記の冬の間に「新年」という新たな部立てを設けた。凩とか北風とか冬の季題を詠んで、一旦「新年」の新春を詠み、再び「寒」という冬に帰ることにした。  この句、寒の気分を心憎いまでに現している。名句である。お正月におろした下駄だろう。鼻緒がきつく締まっていて、かじかんだ指に強く当たる。嫌というのではない、むしろしゃきっとした感じになる。ぎゅっと指を通して一歩踏み出すと、下駄が足裏にぴたりとついて、清々しい。(水)

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胴上げの十指つかめる初御空   大下 綾子

胴上げの十指つかめる初御空   大下 綾子 『季のことば』  二日から三日にかけて行われる箱根駅伝。今や正月の風物詩として完全に定着した。この句は箱根とも駅伝とも言っていないが、優勝校チームの監督が大手町のゴールで胴上げされている風景を詠んだものに違いない。監督も選手たちも大空を見上げ、歓声を上げている。「十指つかめる初御空」にその喜びがよく表れている。  この句の季語は「初御空(はつみそら)」。初空とも言い、始めて明けた空、つまり元旦の空を言うのが本来だが、まあ三が日のうちならいいだろう。  ところで箱根駅伝は季語になっていない。正月早々のスポーツニュースのトップになるほど話題性に富んだ行事であり、季節を感じるものなのだから、十分に季語になる資格はある。俳句を詠むのは年配者か運動競技とは疎遠な人が多いせいか、どうもスポーツに冷淡なようだ。そのくせ「蹴鞠始め」「鷹狩」「寒中水泳」など古色蒼然たるものを歳時記に載せている。箱根駅伝といった生き生きとした季語を季語として定着して行きたい。(水)

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独り居の老女の家に松飾り   井上 庄一郎

独り居の老女の家に松飾り   井上 庄一郎 『この一句』  知り合いというのではなく毎日の散歩か何かで通る道筋にある家だろう。覗くわけではないが何となく目を遣っているうちに、年取った婦人の独り住まいであることが自然に知れる。上品でなかなか気丈そうなおばあさんである。  いつも門前や塀の外をきれいに掃き清めている。垣間見える庭や家の佇まいからも女主人の清楚な暮らしぶりが判る。夜、家路を辿る道すがら、老女の家に明かりが灯っているのが見えると、人ごとながら安心する。  年が明けて、またその家の前を通りかかった。相変わらずひっそりとしているが、門柱には小さな門松がちゃんと立ててあった。「ああ、おばあさん無事に新年を迎えたな」と、我がことのように嬉しくなる。  いまや65歳以上が3千万人、国民の4人に1人が高齢者という状態。さらにこれから独居老人はますます増える。この句のように老女はまだいいが、老男はまことに危なっかしい。松を飾ることなど思いの外で、身の回りのことすらおぼつかなくなる。やはりカミさんには長生きして貰わねばと思う。(水)

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正月の顔して来たる孫ふたり   吉野 光久

 あけましておめでとうございます。「みんなの俳句」は平成20年元旦に日経俳句会創設者の故村田英尾先生の『初鶏や我が干支にして七めぐり』を発信して以来、本日が5年目の口開けとなります。今年もご愛読のほどどうぞよろしくお願いいたします。(双牛舎代表 今泉恂之介 大澤水牛)           * 正月の顔して来たる孫ふたり   吉野 光久 『この一句』  世の中が変わってもお正月を喜ぶ日本人の心は変わらない。スマートフォンや新型ゲーム機に大騒ぎする若者たちも、年が改まれば「今年もどうぞよろしく」などと神妙に挨拶する。パソコンのメール交信が日常茶飯事になっているのに、相変わらず年賀状のやりとりが盛んである。初詣、屠蘇と雑煮とおせち料理、初荷、福袋と旧習がまとまって顔を出す。  年始回りはさすがに流行らなくなったようだ。昔は上司や先輩の家をぐるぐる回ったが、今やそんなことをするとゴマスリ野郎と見られかねない。これに変わってそれぞれの親や祖父母の家に兄弟姉妹が子連れで集まり、新年会というのが一般的である。  子どもたちのお目当てはもちろん「お年玉」に決まっている。幼稚園も高校生も、孫たちみんな丁寧にお辞儀。まさにお正月用の顔である。下心は見え透いているのだが、おじいちゃん、おばあちゃんにはそれがなんとも言えず嬉しい。おじいちゃんなどは「もう来る頃だ」などと朝早くから何度も門口に出たりしている。(水)

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