まだ白きすだれ大根冬浅し         藤野十三妹

まだ白きすだれ大根冬浅し         藤野十三妹 『この一句』  句会で、「この句は季語を説明しただけ」という辛口のコメントが出た。「冬浅し」の典型的な一情景であり、「大根干す」自体が初冬の季語になっている。つまり「冬浅し」の一例を提示しただけで、季重なりでもある、というのだ。同様の意味で、最初の「まだ」という語も、大根を干したばかりという初冬の状態を強調しているので、「気に入らない」という声があった。  しかしこの句は多くの人の共感を得て、句会の最高点を獲得した。大根をすだれのように掛けて干す風景を見れば、もう冬になったのだ、としみじみと思う。「干し大根」と「冬浅し」は確かにつきすぎだが、理屈はあんまり言わず、「いいものはいい」と素直に認める感性も必要かもしれない。  上五につては「真っ白な」あるいは「しらじらと」としたらはどうか、という改良案が示された。確かにその方が、ずっといい句になっている。「季語を説明する」とはどういうことか、「つきすぎ」とは何だろうか。そんな俳句の“基本定石”について、改めて考えさせられた一句であった。(恂)

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