街路樹の淡き影踏む秋の末      久保田操

街路樹の淡き影踏む秋の末      久保田操 『この一句』  こんなこと私にもあった、と思わせる一句。この時期、たまには夏日(気温25度以上の日)にもなるが、日差しはさすがに弱まり、薄曇りの日などはすべての影が薄らいでくる。作者は歩道に映る街路樹の影を踏みながら、冬がそこまで来ていることを実感しているのだろう。  衒(てら)いのない詠み方である。あっさりして、淡彩画のようで、どこかで見たような句、という印象もある。しかし、このように詠んで悪いということはない。風景画にもよくあるではないか。同じような構図、同じようなタッチの絵は無数にあるが、どんな絵でもいいものはいい絵なのだ。  季語を「秋の末」としたところに、ちょっとした工夫が見える。秋の終わりを表すだけなら、「暮の秋」などたくさんの季語があるが、多くは「秋の暮」と印象が重なり、何となく夕方の感じになってしまう。作者は日中の柔らかな日差しを詠んで、晩秋から冬へという季節の移り変わりを表現したかったのだ。すらすらと作ったように見えて、実は苦心の一作であったのかも知れない。(恂)

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