新蕎麦や常の暮らしの有り難く     金指 正風

新蕎麦や常の暮らしの有り難く     金指 正風 『この一句』   新蕎麦を食べながら「このような生活を送れるのは有難い、幸せだ」と思うのは、ある年代以上の人だろう。若い頃の「幸せだ」「幸せになりたい」という思いは、もっと生々しく、給料をたくさん取る、高い地位につく、素晴らしい家に住む、子供がいい学校に入る――というようなことになるのではないか。そのようなレベルを超えた人が、何気ない日常の暮らしを「有難い」と思えるようになる。  さて作者は、どのようにして新蕎麦を口にしたのだろうか。新蕎麦粉を手にいれて、自ら蕎麦を打つ、というようなタイプの人ではない。街を歩いていて、「新蕎麦始めました」というような貼り紙を見たのだろう。彼は家に帰って奥さんにぼそっと言う。「今晩、蕎麦屋に行ってみようか」  奥さんとたまに近くの蕎麦屋に行くようになったのは定年後のことだ。夕方に店に出かけ、お酒を奥さんと二人で二合ほど。好みの蕎麦を頂き、早めに家に戻る。最近とみに、このような生活を有難いと思うようになった。東日本大震災とも関係があるのかな、と彼は考えている。(恂)

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