新蕎麦や水ほとばしる馬籠宿   吉野 光久

新蕎麦や水ほとばしる馬籠宿   吉野 光久 『季のことば』  爽やかな秋を表す季語には視覚や聴覚を通したものが多いが、「新蕎麦」は味覚、嗅覚それに舌触りと喉越しの触覚を通して秋を感得する。味覚の秋とも言い、山の物も海の物も旨味が乗って来る。猛暑で弱った身体もそうした美味によって体力を回復する。新蕎麦はさしづめその一番バッターであろうか。  蕎麦は普通は秋に花咲かせ実り、冬に穫り入れるので、「蕎麦の花」は秋の季語、「蕎麦刈」「蕎麦掻き」「蕎麦湯」などは冬の季語とされている。蕎麦を刈り取る前に、新蕎麦という完成品が先に立つのはおかしいようだが、これは早蒔きして早穫りする特別品というわけである。初物好きの江戸っ子が生んだ産物で、関東近県、長野県あたりで江戸時代から盛んに作られてきた。  この句は中山道馬籠宿で新蕎麦を賞味した喜びを詠んでいる。実に爽やかで、寿命が伸びるような気分に浸る。「馬籠」と「新蕎麦」の組み合わせはいかにもありそうな、ありきたりな感じだが、「水ほとばしる」と中七に置いたことで臨場感をもたらし、句が生き生きとした。(水)

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