夏の蝶水車小屋から生まれけり     井上 啓一

夏の蝶水車小屋から生まれけり     井上 啓一 『季のことば』  蝶が最も盛んに飛ぶ時期は春なので、「蝶」と表記すれば春の季語となる。しかし「夏の蝶」や「秋の蝶」はもちろん、「冬の蝶」という季語もある。蝶は卵で生まれ、幼虫(いも虫)、蛹(さなぎ)をへて、われわれが「蝶」と呼ぶ成虫になる。そうなってからヒラヒラと飛び出して、死ぬまでの一週間ほどの間に卵を産み、春から秋あたりまで三、四世代くらい交代するという。  というわけで、蝶が夏に生まれてくるのはさほど珍しいことではない。高原や北国へ行けば、春よりもむしろ真夏に多く見かけるようになる。しかし都会に住む人などには珍しいから、「おっ、蝶がいたぞ」と喜び、俳句をやる人なら「夏の蝶だね」とうなずくことにもなる。  作者は安曇野とか乗鞍高原といった観光地に出かけ、水車小屋の軒下などから生まれた蝶を見つけたのだろうか。あるいは小屋の影から出てきた蝶を見たのかもしれない。しかし真実の探索はこの際、どうでもいい。「生まれけり」によって、夏の蝶の出現がより印象的になったのである。(恂)

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