数へたる南瓜の雌花終戦日   大倉悌志郎

数へたる南瓜の雌花終戦日   大倉悌志郎 『この一句』  戦中戦後を生き抜いた人の思い出の中心はなんと言っても「食糧難」である。油を搾り取ったあとの大豆粕、小麦粉を取った粕のフスマ、米糠、澱粉滓、芋の蔓、タンポポ、ハコベ、アカザ、イタドリなどの雑草、イナゴ、バッタ、蛙、ザリガニ、蛇、雀、烏・・食えるものは何でも口にした。  どの家も庭を菜園にして、素人にも簡単にできるサツマイモと南瓜を植えた。南瓜は威勢良く茂り、黄色いラッパ型の花を次々に咲かせる。花の尻に小さな丸い実を着けているのが雌花。これが貴重だ。早朝、雌花の蕊に雄花の花粉をつけてやる。実は徐々に大きくなり、8月半ばから次々に収穫できる。サツマイモも収穫期に入り、そうなると食卓は毎日南瓜とサツマイモ。そのせいか七十歳以上には「この二つは見るのも嫌だ」という人もいる。  この句も昭和20年の敗戦前後の情景を詠んだものだ。句会では「終戦日南瓜の雌花数へをり」とすれば、今日の優雅な日曜園芸風景となり、「あの日」をしみじみ思う様子が表れるのではないか、といった意見も出た。(水)

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久しぶり電気眩しき終戦日   井上庄一郎

久しぶり電気眩しき終戦日   井上庄一郎 『季のことば』  「終戦」か「敗戦」かについては戦後間もなくから議論があった。まぎれもなく「敗戦」なのだが、当時は「これで戦が終わったのだ」という安堵感でいっぱいになり、言葉のあやを詮索する余裕などなかった。誰もが負けたことは分かっていたのだが、わざわざ「敗戦」とは言いたくないという気持もあった。それやこれやでいつの間にか「終戦」が定着してしまったようである。  「終戦日」という季語は正しくは「終戦記念日」だが、8音もあって詠みにくいので、もっぱら縮小形で用いられる。しかし記念日なのだから、この日に寄せる思いを現在の物事に合わせて詠むのが本筋であろう。そうでなくては戦争を知らない世代がこの初秋の季語を用いて句を詠むことが不可能になってしまう。だが年配の人にはこの句のように「昭和20年8月15日」を詠んだものが多い。それほどこの日の印象が強烈なのだ。  前の晩までは厳重な灯火管制で、居間に40ワットくらいの電灯が一つ。それも黒い蛇腹型の覆いをはめ、かろうじて食卓を照らすだけだった。しかし今夜からは覆いなどなくても夜間爆撃はないのだ。裸電球がこんなにも明るいものだったのだと、しみじみ感じる夜であった。(水)

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頑なな親爺たるべし敗戦忌   今泉恂之介

頑なな親爺たるべし敗戦忌   今泉恂之介 『この一句』  昭和20年(1945年)8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し無条件降伏、長く苦しい戦争が終わった。無謀な戦争で300万人もの兵士・民間人が殺された。東日本大震災の死者行方不明者は2万余人。人間の狂気には大自然の猛威をしのぐ恐ろしさがある。こんな馬鹿げた戦争を繰り返すまいと誓ったのが「終戦記念日」である。  「なぜ終戦日などと言うのか。私は敗戦忌、敗戦日と詠む」と作者は言う。もっともである。米軍機は防空能力を全く失った日本全土を自由自在に飛び回り、爆弾や焼夷弾を降らせて町ぐるみ燃やし、女子供、老人を見境無く殺した。そして広島、長崎への原爆投下で軍国主義日本の息の根を止めた。これは紛う方無き「敗戦」であった。  66回目の敗戦記念日が廻ってきた。今年も日本武道館はじめ各地で記念式典が行われる。甲子園でも正午には黙祷が捧げられるだろう。しかしいずれもなんとなく型通りの感じが否めない。だがいかに型通りであろうが、続けなければいけない。この問題に関する限り、私たちは頑固でなければなるまい。(水)

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雲の峰喪服の人のいそぎ足       玉田春陽子

雲の峰喪服の人のいそぎ足       玉田春陽子 『この一句』  喪服の人が葬儀の場へ急いでいる。雲の峰が見えるのだから、お通夜ではなく、告別式に向かっているのだ。葬儀は正午かその前後三十分くらいに始まるのだろう。その時刻に間に合おうとすれば、急ぎ足にならざるを得ない。空は晴れ渡り、真夏の日差しが降り注いでいる。  この辺までの想像は、まず間違いないと思うが、以下のことも大方の同意を頂けるのではないか。喪服の人は女性である。着ているのは和服だろう。そのようなことについて、句は一切触れていないが、略礼服の男性では味わいがない。つまりこれは、和服の女性であって欲しい風景なのだ。  女性は息が切れるし、焦りも感じているだろう。歩きながら汗を拭っているかも知れない。しかしそれらがこの句のテーマはではないと思う。大通りの行く手にまっ白な夏の雲が湧いている。喪服の女性が急いでいる。この句はそんな遠景を、あたかも望遠レンズで覗くように、大づかみに描いている。私は、この一句に一枚の絵を思い浮かべてしまう。それも白と黒を厚く塗りこんだような油絵なのである。(恂)

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雲の峰つかめるところまで登る     高橋 楓子

雲の峰つかめるところまで登る     高橋 楓子  『この一句』  もくもくと湧き出した入道雲(雲の峰)は、山のように堂々として見える。雲と知っていても、登って行けそうな気がするし、近くに行けば掴んだり、触ったりするくらいは出来そうである。しかし現代人は何ごとも現実を優先しがちで、俳句を解釈するときにも、このタイプの作品は「雲をつかむことなど、実際にはありえない」などとして評価を下げがちになる。  山に登ってみると、頂上は晴天で、雲の峰は遥か遠くの山脈の上に立ち上がっていたりする。雲が押し寄せてくるのことがあっても、その中にいる実感は「五里霧中」というところ。しかしそのような現実だけを詠むのが俳句ではない。時にはスケールの大きく想像を羽ばたかせてみたいものだ。 「雲の峰に肘する酒呑童子かな」(与謝蕪村)。大江山の鬼神・酒呑童子(しゅてんどうじ)が雲の峰にひじを突き、酒を飲みながら下界を睥睨している、という場面だろう。江戸時代には、このような突拍子もない空想が、やんやの喝采を浴びていたようである。(恂)

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白焼きはうなぎの浴衣姿かな      高瀬 大虫

白焼きはうなぎの浴衣姿かな      高瀬 大虫 『合評会から』(番町喜楽会) 光迷 いやぁ、こういう詠み方もある、ということでしょう。うなぎの白焼きと、この時期の浴衣。 てる夫 季重なりなんて全く無頓着で、白焼きを浴衣に譬えたのに感心しました。 春陽子 全く意外なところに目をつけた。蒲焼きは紺浴衣なのかな、なんて思いましたが。 井上 いわゆる頓知ですね。面白い句ですよ。よくこういう発想ができたものだ。 厳水 季重なりのことは、気にしなかった。何と言っても、喩え方に感心しました。 六甫 私はもののはずみで選んじゃった。(出席者十一人で)七点も入る句とは思えない。 楓子 じゃ、何で、選んだの? 而雲 私は、この比喩に参った。句の姿は江戸後期の句というか、月並み調か。しかし、よくもまあ、こう詠んだ。このセンスは評価したいですね。俳句は何でもありなんだ。 水牛 ウイットに富んだ句だが、みんな、他の人は択ばないだろうと思って択んでしまった、というところじゃないか。作者は? おー、(欠席投句の)大虫さんでしたか。(拍手、拍手)

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夏の蝶水車小屋から生まれけり     井上 啓一

夏の蝶水車小屋から生まれけり     井上 啓一 『季のことば』  蝶が最も盛んに飛ぶ時期は春なので、「蝶」と表記すれば春の季語となる。しかし「夏の蝶」や「秋の蝶」はもちろん、「冬の蝶」という季語もある。蝶は卵で生まれ、幼虫(いも虫)、蛹(さなぎ)をへて、われわれが「蝶」と呼ぶ成虫になる。そうなってからヒラヒラと飛び出して、死ぬまでの一週間ほどの間に卵を産み、春から秋あたりまで三、四世代くらい交代するという。  というわけで、蝶が夏に生まれてくるのはさほど珍しいことではない。高原や北国へ行けば、春よりもむしろ真夏に多く見かけるようになる。しかし都会に住む人などには珍しいから、「おっ、蝶がいたぞ」と喜び、俳句をやる人なら「夏の蝶だね」とうなずくことにもなる。  作者は安曇野とか乗鞍高原といった観光地に出かけ、水車小屋の軒下などから生まれた蝶を見つけたのだろうか。あるいは小屋の影から出てきた蝶を見たのかもしれない。しかし真実の探索はこの際、どうでもいい。「生まれけり」によって、夏の蝶の出現がより印象的になったのである。(恂)

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落雷につい見るスカイツリーかな   大平 昭生

落雷につい見るスカイツリーかな   大平 昭生 『この一句』  東京新名所スカイツリーは先端のアンテナ塔も整い、六三四メートルの偉容を輝かせている。開場は来年五月というのに、下から仰ぐだけでいい、写真を撮るだけで幸せといった顔つきの老若男女が連日押しかけている。  はっきり言って、この付近はこれが建つまでは薄汚い町で、俳句をやるような人でもない限りわざわざ訪れるような場所ではなかった。それが今や様相一変、あたりがなんとなく明るくなり、新規開店の店も増え、既存の商店も俄に活気づいた。ちょっと足を伸ばして隅田川を渡れば浅草というわけで、浅草まで人で溢れかえるようになっている。たかが電波塔とは言え、世界一の高さともなれば、その効果は絶大である。  作者の住まいは同じく墨田区で現場から直線距離1.5キロほどにあるマンションの??階だから、嫌でもスカイツリーが目に入る。晴れた朝、曇り空の下、毎日新タワーの様子を見るのが習慣になってしまった。ましてや凄まじい稲光の走る夕立など、無意識に視線はスカイツリーに向いてしまう。(水)

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フランスの大きな茄子に驚けり   片野 涸魚

フランスの大きな茄子に驚けり   片野 涸魚 『この一句』  全く技巧を凝らさない、というよりは意識して一切の技巧を排除した詠み方である。ただただ、フランスの茄子が大きいことに驚いたというのである。はじめてフランスに行って茄子を見たときの新鮮な驚きが伝わってくる。  日本にいれば茄子が無性に食べたくなることなど滅多にないのだが、不思議なもので、外国に暮らすとあの素朴な茄子の味を思い出したりする。そこでマルシェ(市場)に出かけた。あまりの大きさに度肝を抜かれた。これでは茄子だけで腹が一杯になってしまう。  確かに欧米の茄子は大きい。赤ん坊の頭くらいのはざらである。明治時代にアメリカから向こうの茄子が持って来られて、当時の日本人はこの作者以上にびっくりしたに違いない。その後、やや小ぶりに改良され「米茄子(べいなす)」と名付けられて在来の茄子に仲間入りしたが、やはり大きくて漬け物や煮物には向かないから、しょっちゅう食べる家はなく、日本ではあまり流行らない。  やはり茄子は小ぶりできゅっと締まり、黒紫に光る日本の茄子がいい。(水)

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出張も行楽もなく雨涼し   高橋 淳

出張も行楽もなく雨涼し   高橋 淳 『勉強会から』  原句は「出張も行楽もなし雨乞ひす」。上々のお天気の週末、これが出張中であれば休日を利用して付近の名所旧跡を訪ねることができたのに。実は仲間に旅行に誘われていたのだが、出張するかも知れないと断ってしまった。ところが出張は中止、結局自宅でぼんやり過ごすはめになってしまった。今更どこへゆくあても無ければ、何をする計画もない。そう思うとこの上天気がかえって恨めしい。ええい、いっそのこと雨でも槍でも降ってしまえ、というのだ。思わず腹をかかえて笑ってしまう句である。  コンチクショーという気持を正直にぶちまけたところは実に面白いのだが、「雨乞ひす」とはあんまりだ。鬱憤晴らしがあまりにもストレートに出過ぎて、子どもっぽい。もう少し上品に、というわけで、作者が元々考えていた「雨涼し」に落ち着いた。何の予定もない休日、窓越しに夏の雨を眺め、のんびりとした気分に浸っているなかなかの句である。しかし、原句のだだっ子のような無茶苦茶な詠みっぷりにも捨てがたい味があるとの声もあった。(水)

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