登り来て滴りのあり小休止       高石 昌魚

登り来て滴りのあり小休止       高石 昌魚 『勉強会から』  原句は「登り来て山の滴り小休らい」。これについて、二点のに指摘があった。まず「小休らい」。意味は分かるが、耳慣れない語である。作者は当初、「小休止」や「一休み」を考えたそうだが、何となく芸がない。そこで古い言葉の「休らい(安らい)」の上に「小」を載せてみたというが、新語のようで、どうもしっくりこない。結局、「小休止」に戻した方がいい、という意見でまとまった。  それ以上に問題とされたのが、「登り来て」と、それに続く「山の滴り」であった。山に登っているのは分かっているのだから、「滴り」(夏の季語)だけでいいはずだ。ならば「滴りのあり」とすれば、という意見が出た。それだと確かに中七から下五の続きぐあいあがスムーズになる。  作者は汗をかきながら山道を登ってきて、傍らの崖に「滴り」を見つけたのである。その水は飲めたのか、飲んだのかは分からない。しかし滴りを見ているだけで、登山者はほっとするものだ。「山路きて何やらゆかしすみれ草」(芭蕉)を思い浮かべた、という声もあった。(恂)

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