万緑を登る車の見え隠れ        前島 厳水

万緑を登る車の見え隠れ        前島 厳水 『季のことば』  万緑の中には常緑樹の緑も入っているはずだが、主役は言うまでもなく落葉樹である。冬に葉をすべて落とした木々が、春になって芽吹き、新緑から青葉若葉へ、やがてどこもかしこも油絵の具のような緑色に覆われていく。季節とともに膨らんでいく緑の頂点が、すなわち万緑と言えるだろう。  学生時代、アルバイトで何度か日光まで通っていた時、自動車道路が日に日に緑に覆われていくのを、坂の上の方からよく見下ろしていた。春先はつづら折りの道筋がはっきりと確認でき、上り下りする車の動きが、よく見えた。それが万緑のころになると道は文字通り、見え隠れとなる。緑の中に車が一瞬、通過するのを見て、あそこが道路なのだ、と気づくこともあった。  作者によるとこの句は、丹沢山系の峠道を詠んだのだという。下から見上げた様子だそうだが、なるほどそれでも坂を登って行く車は、同じように見えるだろう。言葉の構成からすれば、車が主格になるが、主役はもちろん万緑である。見え隠れする車の動きが、緑の重量感を浮かび上がらせている。(恂)

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