おそまきに茄子のうまみ分かり出し   藤村 詠悟

おそまきに茄子のうまみ分かり出し   藤村 詠悟 『この一句』  昔は「なすび」と呼ぶのが普通だったらしい。いまでも地方によってはナスと言わずナスビと呼んで親しんでいる。インド原産で日本には中国経由で奈良時代に伝わったらしいが、以来、日本人独特の念入りな栽培と改良で、数え切れない種類の茄子が生まれた。長卵形が一般的だが、丸いもの、長さが20センチ以上になるもの、握り拳のようなものなどいろいろある。煮物、焼き茄子、揚げ物、炒め物、塩揉み、塩漬け、糠味噌漬けと、夏から秋も深まるまで、これほど重宝する野菜も少ない。  ところが、茄子なんてどこが美味しいんだろうと言う人がいる。ことに子どもはピーマンとともに嫌う傾向がある。近頃の茄子はほとんどアクがないが、生で食べるとかすかな苦味やえぐ味がある。これが嫌われる原因かも知れない。  しかしかすかなアクは逆に深味をもたらす。ここに旨味を感じるのは年輪を重ねた証拠とも言える。昔は茄子が嫌いだったんだがなあと独り言をつぶやきながら、鴫焼きで一杯やっている作者が目に浮かぶ。(水)

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登り来て滴りのあり小休止       高石 昌魚

登り来て滴りのあり小休止       高石 昌魚 『勉強会から』  原句は「登り来て山の滴り小休らい」。これについて、二点のに指摘があった。まず「小休らい」。意味は分かるが、耳慣れない語である。作者は当初、「小休止」や「一休み」を考えたそうだが、何となく芸がない。そこで古い言葉の「休らい(安らい)」の上に「小」を載せてみたというが、新語のようで、どうもしっくりこない。結局、「小休止」に戻した方がいい、という意見でまとまった。  それ以上に問題とされたのが、「登り来て」と、それに続く「山の滴り」であった。山に登っているのは分かっているのだから、「滴り」(夏の季語)だけでいいはずだ。ならば「滴りのあり」とすれば、という意見が出た。それだと確かに中七から下五の続きぐあいあがスムーズになる。  作者は汗をかきながら山道を登ってきて、傍らの崖に「滴り」を見つけたのである。その水は飲めたのか、飲んだのかは分からない。しかし滴りを見ているだけで、登山者はほっとするものだ。「山路きて何やらゆかしすみれ草」(芭蕉)を思い浮かべた、という声もあった。(恂)

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夏嶺ゆきあらぬ高さに不二の山     大下 綾子

夏嶺ゆきあらぬ高さに不二の山     大下 綾子 『この一句』  この句を読んで、六十年以上も前に聞いた親戚のお婆さんの話が甦ってきた。お婆さんが娘の頃だというから、間違いなく明治時代である。東京へ出てくるとき、山梨県の峠道を歩いていて、ちょうど茶屋に着いたとき、富士さんが目の前に出てきて仰天したそうだ。夏なので雪はなく、巨大な青黒いものが迫ってくるようで、お弁当を食べる間、ずっと富士山に背中を向けていたそうである。  富士山は決して美しいだけの山ではない。江戸時代には富士講によって大きな信仰の対象になっていたし、いまでも元旦には初日の出とともに初富士を拝む。山梨・静岡両県などが世界遺産認定に執念を見せているのも、富士山が他の山にはない「何か」を備えているからだろう。  作者は夏山を歩いていたとき突然、富士山を見た。回りは山で、まさか富士山が出てくるなんて思っていなかったのだ。「あらぬ高さ」に驚きが込められている。思いがけない、とんでもない高みに富士山が出現したのである。「不二の山」という表記には、畏敬の念も感じられる。(恂)

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息差しの聞こえくるかに青山河     今村 聖子

息差しの聞こえくるかに青山河     今村 聖子 『季のことば』  句会で初めて見たとき、いい句だ、と思った。夏の自然を大きくとらえる詠み方に共感が持てた。しかし結果として選び損ねた。「息差し」の意味を電子辞書で確かめようと思っているうちに、選ぶのを忘れてしまったのだ。もう一つ「青山河」という季語が持参の歳時記に載っていないこともあった。  「息差し」は息使い、呼吸の意味で、私の推測は当たっていた。問題は青山河であった。家に帰ってから調べてみたが、大判、五分冊の歳時記にも載っていなかった。しかし青山河は季語として魅力的である。歳時記など無視し、自分で「季語だ」と決めれば、それでよかったのである。  青山河と同じような季語がいくつかった。青嶺(あおね)、青岬、青野、青富士。これらを総合したものが「青山河」なのだ、と勝手に考えた。インターネットで調べたら、意欲的な句づくりをしている人たちが「青山河」の季語を用いていた。竹久夢二の「青山河」という絵も知ることができた。榛名山を背景にモジリアーニ風の裸婦が横たわっている、という絵であった。なぜか「息差し」の語が浮かんできた。(恂)

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合宿の素麺冷やす大盥         大熊 万歩

合宿の素麺冷やす大盥         大熊 万歩   『この一句』  素麺は最も家庭的な食べ物の一つである。蕎麦店で注文することもないわけではないが、ほとんどの人は家で茹でて食べているのではないか。家族そろっての場合も、たった一人でも、どちらもよくあることである。変わった素麺の風景は? せいぜい素麺流しくらいまでしか考えが及ばない。というわけで、素麺の俳句を作ろうとすると、思考は常識の範囲で止まってしまいがちだ。  ところが、この句は合宿の素麺を持ち出してきた。しかも大盥(たらい)である。運動部の合宿を引き受けている宿屋や民宿では、三食付きが普通で、昼食用に素麺用の大盥を用意しているところがある。午前の猛練習を終えた後の昼食に、冷えた素麺が大盥で運ばれてきたら、これはもう……。  思い出がどっと湧いてくる人がいるのではないか。私の場合は、五十年も前の柔道部の合宿である。まだ食糧事情はよくなかった。大盥の素麺をマネージャーらが丼に公平に取り分けていたことを思い出す。あのころ、思う存分食べていたら、どれくらいの素麺を平らげていただろう。(恂)

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路地の鉢電球ほどの茄子ふたつ   徳永 正裕

路地の鉢電球ほどの茄子ふたつ   徳永 正裕 『合評会から』(水木会) 万歩 一読すごく涼しげな句です。下町の路地に入るとこういう風景があり、よく写生している。 昌魚 「電球ほどの」の表現がなるほどなあ、と感心しました。 光迷 夏らしくいい風景です。茄子のサイズが分かりませんが、小さい「電球ほどの」なのでしょう。路地裏の雰囲気をよくつかんで巧みに捉えている。           *  都心の神田、隅田川沿いの深川、月島、佃島あたりの路地には大型の植木鉢やプランターに茄子や胡瓜、朝顔などを這わせ、縮みのシャツにステテコ姿のおじいさんが如雨露で水を撒いている姿が見られる。こういう東京がまだ残っているのだなとほっとした気分になる。  「電球ほどの」茄子と言えばかなりの大きさで太らせ過ぎとも思うが、もともと趣味で育てているのだ。丹精込めた鉢植え茄子の二つ三つ、作り手は食べるつもりなど全くない。紺色の実を孫でも見るように眺めているのだ。(水)

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公園のおしゃべり尽きず星今宵   原 文鶴

公園のおしゃべり尽きず星今宵   原 文鶴 『季のことば』  七月七日の夜、天の川をはさんで向き合う牽牛星(鷲座のアルタイル)と織女星(琴座のヴェガ)が年に一度逢引きするという伝説に基づく星祭り。大昔の日本には、選ばれた娘が機織り姫となり、村はずれに作られた棚の上で布を織り神様を迎えるという行事があったが、これと奈良時代に中国から伝わった機織り・縫物、習字、学問などの上達を星に願う乞巧奠(きこうでん)とが一緒になって今日の七夕祭になったという。今宵は二星にとって待ちに待った日というわけで、「星今宵」という七夕の言い換え季語が生まれた。  しかし俳句では「七夕」「星今宵」は旧暦七月七日であり、秋の季語とされている。新暦で動いている東京近辺ではカレンダー通り七月七日に七夕竹を飾る家が多い。仙台はじめ地方都市の七夕祭は月遅れの八月七日を中心に開催している。ここにもまた季語のずれが生じている。それはさておき、日が暮れてさしもの猛暑がおさまった公園などで星空を仰いでのおしゃべりは楽しい。この夕涼みの習慣が七夕祭の根源にあるのかも知れない。(水)

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みなとみらい雷さまのお通りだ   黒須 烏幸

みなとみらい雷さまのお通りだ   黒須 烏幸 『この一句』  「横浜みなとみらい21」地区。横浜港を抱え込むざっと200ヘクタールの土地を再開発した首都圏の新名所である。1980年代初めまでは三菱重工横浜造船所、国鉄(JR)の操車場と貨物駅、うらぶれた埠頭、壊れかけた倉庫、雑草の生い茂る砂利野原が広がる実に汚らしい場所だった。  バブル崩壊、リーマンショックによる景気後退などで何度かつまづいたものの、いつの間にか街らしくなってきた。高さ300mの超高層ビル「ランドマークタワー」がそびえ、ホテルが六つも建ち、国際会議場、ショッピングセンター、劇場、美術館、大観覧車、赤レンガ倉庫パークをはじめとした公園などが次々に生まれ、今や年間5500万人もが賑わう場所になった。  ウオーターフロントというだけあってだだっ広くて真っ平ら。ここで雷が鳴り夕立が始まると、まさに蜘蛛の子を散らすとはよく言ったものよという景色になる。手近の建物に逃げ込むまでにずぶ濡れである。大人も子供もきゃあきゃあわあわあ叫んでいる。(水)

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みちのくの故山に帰る茄子の馬   金指 正風

みちのくの故山に帰る茄子の馬   金指 正風 「季のことば」  盂蘭盆(うらぼん、お盆)は祖先の霊や無縁仏に供物をささげて慰める仏教行事で、元来、旧暦7月13日から15日を中心に行われていたのだが、明治5年12月の新暦採用でおかしなことになった。新政府のお膝元東京のお盆は否応なく新暦7月になったが、伝統を重んじる田舎はそうは行かない。  しかし新しいカレンダーに従って世の中が動き出すと、旧暦行事は毎年日取りがずれてしまう。不便でしかたがないから、一ヶ月ずらして8月15日中心の「月遅れ盆」が行われるようになり、これが地方に定着した。学校も夏休みだし、会社もこれに合わせて夏期休暇制度を採用するようになった。  13日には門口にご先祖様が乗る胡瓜と茄子の馬と牛を置き「迎え火」を焚く。そして15日(所によっては16日)に「送り火」を焚く。この句は新暦の盆の送り火風景。東京付近の家庭は先祖をたどれば東北から北関東というのが圧倒的に多い。茄子の馬でご先祖が帰る今年の故山(ふるさと)は、いまだに大震災の爪痕が生々しい。(水)

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万緑を登る車の見え隠れ        前島 厳水

万緑を登る車の見え隠れ        前島 厳水 『季のことば』  万緑の中には常緑樹の緑も入っているはずだが、主役は言うまでもなく落葉樹である。冬に葉をすべて落とした木々が、春になって芽吹き、新緑から青葉若葉へ、やがてどこもかしこも油絵の具のような緑色に覆われていく。季節とともに膨らんでいく緑の頂点が、すなわち万緑と言えるだろう。  学生時代、アルバイトで何度か日光まで通っていた時、自動車道路が日に日に緑に覆われていくのを、坂の上の方からよく見下ろしていた。春先はつづら折りの道筋がはっきりと確認でき、上り下りする車の動きが、よく見えた。それが万緑のころになると道は文字通り、見え隠れとなる。緑の中に車が一瞬、通過するのを見て、あそこが道路なのだ、と気づくこともあった。  作者によるとこの句は、丹沢山系の峠道を詠んだのだという。下から見上げた様子だそうだが、なるほどそれでも坂を登って行く車は、同じように見えるだろう。言葉の構成からすれば、車が主格になるが、主役はもちろん万緑である。見え隠れする車の動きが、緑の重量感を浮かび上がらせている。(恂)

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