梅干は三尾に一つ鰯煮る    星川 水兎

梅干は三尾に一つ鰯煮る    星川 水兎

『季のことば』

 家庭料理のレシピのような句である。「鰯」という9月句会の兼題に鰯を焼く、煮る、叩くなどの句が出るのは想定内だった。ほかの句は鰯そのものを詠んだり、鰯のある生活風景を詠んだりしたものが多かった。しかし、鰯の梅煮のレシピが句になっていることには少なからず新鮮味があった。この日の他の兼題「竹の春」と「当季雑詠」をふくめても、この句が最高点を得たのも新味があったということだろう。
 実はこの句、合評会のなかでちょっとした改作が行われた。原句は「梅干しは二匹に一つ鰯煮る」だった。点を入れた人の一人、鰯の梅煮に一家言ある長老から異論が出た。曰く、「二匹に梅干し一つじゃしょっぱ過ぎ。せいぜい三尾に一つだね」。これに作者は「すみません、煮たことないので当てずっぽうでした」と白状し、会場は笑いに包まれた。さらに長老は、最近の若い主婦らは魚を数えるのに匹と言い、本来の尾を使わないねと指摘。もともと素直な作者はただちにこれを受け入れ、掲句のように改めることを申し出た。
 合評の場の利点は句友たちがあれこれ意見を言い合い、句がブラシュアップされることにある。欠席者の投句だと、こう工夫すれば秀句になるのにという声が出ても勝手に改作できず、もどかしい気がすることがしばしばある。世の俳句愛好者のなかには、改作を良しとしない人もいるが、あの俳聖芭蕉も改作で名句を生んだと思えば、こだわることはないと筆者は思うばかりである。
(葉 22.10.02.)

年甲斐もなきシャツの色竹の春  髙石 昌魚

年甲斐もなきシャツの色竹の春  髙石 昌魚

『季のことば』

 「竹の春」は「竹の秋」とともに、勘違いしやすい季語の代表である。竹の秋が、春先に筍に養分を取られて葉を落とす姿を表し、竹の春が、秋になって勢いを取り戻した様子を意味するというからややこしい。春に芽吹き、秋に落葉する普通の草木と、竹の成長サイクルが逆であるため、季語も春・秋逆転している訳だ。
 従って竹の春の本意は「万物凋落する秋に、生気を取り戻し枝葉を茂らせる(水牛歳時記)」ところにある。掲句はそんな竹の性状に、自らの在り方、気の持ちようを重ねて詠んでいる。自分の歳にしては派手かなと思いつつも、あえて若々しい色のシャツを着る。「年甲斐もなき」という言葉に、歳には負けないぞという思いが滲む。コロナと暑さで家に籠ってばかりだったが、涼しい秋を迎え、気分新たに外出する情景と見た。
句会では、竹林の緑とシャツの色を対比させた点を評価する声や、秋の竹に負けずに派手なシャツを着て元気を取り戻している作者に共感する人が多く、高点を得た。
最後に作者名が明らかになった時の、出席者の驚きが見ものだった。
「高石さんは91歳か」
「いや昭和4年と聞いたことがある。93歳だよ」
「若いなあ。良いなあ!」
「新鮮だなあ!どんな色のシャツだったんだろう?」
「今度、そのシャツを着て来てほしいなあ!」
(迷 22.09.30.)

爽やかにあとの一人を皆で待つ  金田 青水

爽やかにあとの一人を皆で待つ  金田 青水

『この一句』

 「あと」の一人の捉え方で、いくつかの条件や様子が生まれくる句である。ある人は、駅前での待ち合わせに遅れている人を考えた。山歩きで遅れ、仲間が「大丈夫かな」と心配していると見た人もいる。一方、私は駅前でも山でもなく、秋風の吹き渡る花野を思った。「爽やか」の語によって、不安な状況が頭に浮かんでこないのだ。
 掲句から、あの人はいつも早めなのに、とか、バテてしまったかな、という状況が感じ取れない。早く集まった人々が、後れた人を「あの人なら当然」と思っている雰囲気である。秋の野に咲き乱れる花々を、ゆっくり見て歩く仲間がむしろ羨ましいのだろう。私もあの人に付いて行けばよかった、という雰囲気さえ感じ取れるだろう。
 秋の野に咲く花は野菊、紫苑、あきのきりんそう、彼岸花など、いちいち挙げたらきりがない。ほら、あの人「この花は、あの草は」と、いろいろ説明していたじゃない。その人が後れたのは、珍しい花でも見付けてしばらく足を留めたのだろう。「だから心配しないのよ」。私には女性たちの、そんな声が聞こえてくるのだ。
(恂 22.09.29.)

人住まぬ里を覆ひて竹の春    岩田 三代

人住まぬ里を覆ひて竹の春    岩田 三代

『この一句』

 竹の春とは、これまた俳句独特の表現で秋の季語である。禅問答ではないが秋なのに春とは?竹の生態を知る人は当然知っている。竹林の近くに住む人も竹の季節の移り変わりを肌で感じている。早春に生命力のかたまりのような筍を地面に生やし、その分養分を失った竹は黄ばみ、枯れたような状態になる。これを「竹の秋」と言い春の季語になる。秋になると竿も葉も青々としてきて「竹の春」と詠む。俳句を多少でもかじった人は、これらを常識として句を作る。
 掲句である。「人住まぬ里」という措辞には、過疎地の限界集落の終の果てということだろうと思う句友が少なくなかった。それにしても里というからには、かなり広い地域や集落を竹藪が覆っていると解釈してしまう。ちょっと大げさかなとの意見も出た。無住になった家一、二軒くらいなら分かるがという言い分だったが。
 筆者は、福島の原発事故で全員避難、立ち入り禁止地区になった町を句にしたことがある。「人住めぬ地を棄てし子や七五三」という凡句であるが、その連想からこれは福島の今を詠んだのではないかと思い一票を入れた。テレビがときどき報道する原発近隣町村の光景とみたのである。作者はこの日句会に欠席したので確かめることが出来なかったが、そう解釈すれば写生句として時事句として佳句と思えるのである。果たして福島か限界集落か、作者に訊くのは止めておこう。
(葉 22.09.28.)

さあ九月怠惰蹴散らし婆の立つ   山口斗詩子

さあ九月怠惰蹴散らし婆の立つ   山口斗詩子

『この一句』

 「怠惰」という人に取り憑く妖怪がいる。ことに年寄りに取り憑きやすい。ちょっと隙きを見せると取り憑く。取り憑かれたらもうずるずるべったりである。身体中の力が抜けてしまって何もする気が起こらない。あれもしてない、これも手つかずだと次々に思い浮かぶのだが、体の方が云うことを聞かず、そのままになってしまう。「あれもせずこれもせぬまま九月来 水兎」という句もある。
 これをそのままにしておくと、頭の方も鈍ってしまい、「まあいいか」となる。そうなってしまうともう救いようがない。時々、テレビに取り上げられる「ゴミ屋敷」の主人公はもう完全に“タイダ”の虜になってしまった標本である。
 実は私もそれになりかかっている。本や新聞雑誌の切抜きが主な物だが、旅先で買ったりもらったりしたお土産、記念品、置物、自作の陶芸作品、各地で拾った石ころに至るまで、棚や収納家具に収まり切れないものが書斎の中に積まれている。大地震が来れば、それらが崩れて我が身は埋められてしまい、一巻の終わりとなるだろう。
 この句の作者はそれほどひどい状況に陥っているとは思えないが、とにかく危険な徴候に気づいて、敢然と立ったのだ。去年あたりから足腰の弱りで夜間外出がままならなくなり、句会に出席できなくなったのがくやしいとぼやかれていたが、先日、吟行に参加されて元気な姿を拝見し安心した。そして、この句である。実に潔い句ではないか。どんと背中をどやされた感じで、遅まきながら私も頑張らねばと気合を入れ直した。
(水 22.09.27.)

猫じゃらし五分刈り頭陽に透けて 谷川 水馬

猫じゃらし五分刈り頭陽に透けて 谷川 水馬

『この一句』

 句を見たとたん「そうなんだ、陽に透けて光るね」と可笑しくなり、やがてほろ苦い思いが湧いてきた。野原には猫じゃらしがはびこり、夏の暑さが去っていく頃。私たち、悪童どもの相撲の季節となり、私の思いはクリクリに刈り上げた一人の頭に繋がっていく。彼は小柄だが、なかなかしぶとく、立ち上がるとすぐ、私の胸に頭を付けてくるのだ。
 上半身裸だから、私の胸の辺りは刈り上げたばかりの、あいつの頭でチクチクと痛い。それをものともせず、彼の体を引き上げながら、胸を合わせ、がっぷりの四つ相撲にしてしまえばこちらのもの――。相撲のライバルだった新聞店の息子の彼は、高校を出てすぐに新聞店を継ぎ、若くして区議会議員になったのだが、五十代で亡くなってしまった。
 彼の頭は「五分刈り頭日に透けて」そのものだった。床屋に行き、バリカンで刈り上げた彼の頭は、誰よりも光っていた。原爆の記憶の生々しい頃のこと。小学校五、六年のクラスの悪童たちが、彼に名付けたあだ名が「ピカちゃん」とか「ピカドン」であった。作文の上手かった彼がいま生きていたら、俳句でもやっていたかな、と思うのだ。
(恂 22.09.26.)

九月蝉少し息つぎ短くて     澤井 二堂

九月蝉少し息つぎ短くて     澤井 二堂

『この一句』

 番町喜楽会の兼題「九月」に応じて出された句である。歳時記を見ると、「秋の蝉」あるいは「秋蝉(しゅうせん)」、「残る蝉」といった季語はあるが、「九月蝉」はない。作者の造語と思われるが、秋の蝉でも句として十分成り立つところを、あえて「九月蝉」としたところに作者の思いが込められているように感じた。
 蝉は日本に30種ほどが生息しているが、よく目にするのは5、6種である。大半は夏に羽化し一生を終える。俗に羽化から1週間で死ぬといわれるが、最近の研究によると寿命は2、3週間で、中には1か月近く生きる蝉もいるという。それでも夏の初めに地上に現れ、秋の訪れとともに姿を消すことに変わりはない。9月に入ると鳴いている蝉の種類も数もぐっと少なくなる。
 作者の住まいは上野の森にほど近い。7月、8月には喧しいほど鳴いていた蝉も、9月の声を聞くとともに減り、森に静けさが戻ってくる。騒がしいアブラゼミやクマゼミは既に生を終え、時折聞こえるのは生き残ったミンミンゼミかツクツクボウシであろう。
 作者にはその声が、あまり息つぎをせずに、せわしく鳴いているように聞こえるのである。残る命を惜しむかのように鳴く蝉を「九月蝉」と呼び、作者自身の余生を重ねているのではなかろうか。「息つぎ短くて」という措辞にしみじみとした感慨がにじむ。
(迷 22.09.25.)

この風はやっぱり九月隅田川    大澤 水牛

この風はやっぱり九月隅田川    大澤 水牛

『この一句』

 九月の酔吟会で最高点を取った。一読、平明にして、素直に一気に詠んだ句だと感じた。難しい言葉や言い回しはどこにもない。隣人と世間話をしているような口語体である。筆者もお手本にしたいと思う一句だった。
 この句は、清洲橋だか新大橋だかは聞き洩らしたが、句会直前に橋のたもとのベンチに座って昼食のサンドイッチを食べている時に出来たのだと言う。隅田河畔、この日爽やかな風が吹いていた。真夏のむっとした風と違いまことに心地よい。「ああ、やっぱり九月になったなあ」という心情がおのずと湧いてきた。上五中七の素直さ、簡明さはなかなか真似できない。(葉)
               ☆
 この句に出会い、俳句作品にも刺身のような「活きの良し悪し」がある、と気づいた。句会の会場は、江東区芭蕉記念館の一室。私はその会場の窓から、木の間越しにチラチラと光る隅田川の水面を見ただけで「おお、素晴らしい雰囲気だ」と大満足していた。ところが作者は記念館別館の芭蕉像のある屋上庭園や隅田河畔を歩いた。そして「おお、この風は九月の風」と気づき、掲句を投句予定の一句と取り替え、投句の中に加えたのだ。私も、掲句に“戻りカツオ風”の新鮮さを感じ、一票を投じている。
 句会後の「一杯」を腹に収めた帰途、俳句作品における「活きのよさ」について考えた。この句を仮に別の句会に投句したらどうか。句会の時期と天候、状況などに左右されるが、条件にうまく会えば、好成績を収めそうな気がする。俳句と魚の「活き」の違いは、そのような点にありそうな気がするのだが・・・。(恂)
 (編集者注:ほぼ時を同じくして二人がコメントを寄せてくれたので、双方それぞれ少々カットして掲載することになった。22.09.23.)

名水をたづねて久留里秋あかね  廣田 可升

名水をたづねて久留里秋あかね  廣田 可升

『この一句』

 筆者は福岡出身で、千葉に住んではいるが、現役時代は職場と自宅の往復だけで終わり、地元千葉のことはあまり詳しくない。君津市に久留里という町があるのを知ったのも割と最近のことだ。句友に久留里出身者がいたのと、各地の町を紹介するテレビの情報番組で、久留里特集を観たことなどで認識したに過ぎない。博識の水牛さんによると、「上総を掌握するためのポイントだった久留里周辺は中世から争奪戦が繰り広げられ、太田道灌も攻めた。北条もやって来た。里見氏が山のてっぺんに城を構えて、それが徳川時代にも受け継がれ、今でも観光ポイントとして残っている。山の上なのに井戸を掘ったら水が出たと言われ、名水が出るので良い酒も出来ます」とのこと。
 掲句の作者も千葉に住んではいるが、出身は関西。やはり千葉はさほど詳しくないのか、最近は奥さんと連れだって、千葉県内をあちこち探索しているという。なるほど、遠くに行くだけが旅ではない。近くの知らない町をぶらりと訪れるのも乙なものだ。というわけで先日、久留里を訪ねたそうだ。平成の名水百選に選ばれた名水の里として人気があり、遠方から訪れる人も多いとか。復元された久留里城から見た町の眺めが素晴らしかったという。
 「訪ねてくるり」の語感が心地よく、作者自身もお気に入り。迷哲さん指摘の「トンボがクルリと秋あかね」の語呂合わせも隠し味に、「久留里」の地名を巧みに詠み込んだ手練れの一句。久留里出身の愉里さんからの得票も折り込み済みだったか。
(双 22.09.22.)

秋彼岸バイク和尚のフルフェイス  杉山三薬

秋彼岸バイク和尚のフルフェイス  杉山三薬

『合評会から』(酔吟会)

春陽子 お坊さんのフルフェイスが面白い。顔がすっぽり入る大きなものですよね。
鷹洋 マスクを外してバイクで商売優先。顔にはフルフェイス。それが坊さんだとは・・・。ユーモラスな句ですね。
てる夫 檀家廻りのお坊さんが、きっと法衣を着ているのでしょうけれど、バイクに乗ってフルフェイスをかぶっている。見たことはありませんが、さもありなんという感じです。
          *       *       *
 フルフェイスとはフルフェイスヘルメットの略称。頭部をすっぽり覆うオートバイ用ヘルメット。自転車やバイクなら普通のヘルメットだが、この坊さんは本格的なオートバイ乗りと見える。乗用車では駐車場探しが面倒だし、檀家が路地の奥だったりすると単車の方が断然いい。
 母が元気だった20年ほど前までは我が家にも盆と春秋の彼岸に檀那寺の跡継ぎ若坊主が来てくれていたが、その時、法衣にバイクだったのに仰天した。今ではフルフェイスの本格的ライダー坊主が珍しくない世の中になったか。とにかく、ダダダっとお経を上げに来るというアンバランスが実に愉快だ。
(水 22.09.21.)