ようそろと介護の決意暮の春   高井 百子

ようそろと介護の決意暮の春   高井 百子

『合評会から』(番町喜楽会)

満智 方向をしっかり見定めながらの気負いのない決意が感じられます。
光迷 介護は、単に手間が掛かるだけでなく、心の負担も大きいものです。それに正面から向き合おうとされることに頭が下がります。
てる夫 親戚の古老が癌検査で入院した。縁者が対応に大童。準備することがいっぱいあって大変なんです。大袈裟ではなく、決意、決断の時。
水牛 「ようそろ」は航海用語で、船が所定の針路に向かったとき、そのまま真っ直ぐ進めという命令を表す言葉です。この場合、マッチしているのかなぁ。
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 「日本は高齢化先進国」などといわれるが、介護保険に老老介護など、介護を巡る難問が山積している。それはともかく、合評会での発言から推測すれば、検査入院した古老の面倒をしっかり見ようという周りの人々の姿勢が窺え、一安心の気分にさせられた。「ようそろ」の使い方だが、下手に右往左往したりせず、物事を真正面から受け止めることの表現と理解し、これで良いのではないか。「五月晴れ」や「氷雨」など、誤用まがいでも世の中に定着した例もあるし。
(光 24.04.21.)

海砂を掻いて浅蜊の夢破る    中沢 豆乳

海砂を掻いて浅蜊の夢破る    中沢 豆乳

『合評会から』(日経俳句会)

三代 浅蜊の夢を破るっていうのが良いなあと思って頂きました。のんびり寝てたのに引っ掻かれた。潮干狩の風景を素敵な言葉で表現している。
鷹洋 ユーモラスです。浅蜊が寝てたっていう想定なんでしょう。浅蜊の夢を破ったという大変面白い詠み方なので、頂きました。
水兎 蜃気楼は蛤の夢、みたいな句ですね。浅蜊だと水鳥の羽ばたきで消えてしまうくらいの小さな蜃気楼でしょうか。
水馬 擬人法はあまり採らないのですが、メルヘンチックでユーモラスなので。
芳之 浅蜊にとっては災難という視点が面白い。
健史 もののあわれを感じます。
阿猿 のんびりと春の砂浜で居眠りをしている浅利を熊手でガリガリとほじくり出す。長閑なような、残酷なような。
三薬 海砂なんですが、これは土木用語です。だから「海の砂」とするか、「遠浅を掻いて」などがよかったな。
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 東京湾のハマグリやアサリは今や絶滅と言っていいくらいで、とても潮干狩のできる状況ではない。しょうがないから中国や韓国から輸入したものを砂浜にばらまいて、潮干狩のお客さんを呼ぶ。遥々と空を飛んできたアサリはようやく日本の砂浜にもぐり込み、まどろんだと思ったらいきなりガリガリやられ、「かんべんしてよ」とぶつぶつ言っている。
(水 24.04.19.)

葛西から千葉の煙突蜃気楼    田中 白山

葛西から千葉の煙突蜃気楼    田中 白山

『季のことば』

 蜃気楼を辞書で引くと、熱気・冷気による光の屈折異常で、空中や地平線近くに遠方の風物などが見える現象とある。水牛歳時記によれば、昔の中国人は、海中に棲む大蛤(蜃)が吐き出す息で空中に楼台を現すと考えて、蜃気楼と名付けた。海の上に浮かぶ街「海市(かいし)」という別名もある。日本では富山湾の蜃気楼が有名である。春によく起る現象なので、春の季語となっている。
4月の番町喜楽会の兼題となったが、蜃気楼を実見した人はほとんどおらず、皆さん句作に苦労したようだ。せいぜいテレビニュースで見るぐらいなので、どうしても想像を交えた句となりがちである。その中で掲句には、実際に見て詠んだと思わせるリアリティーを感じて点を入れた。
 句に現実感を与えているのは地名(固有名詞)効果である。「葛西から」と立脚点が明確で、そこから東京湾越しに千葉の工場地帯を眺めれば、確かに煙突が浮かぶ光景が見えるだろうと思わせる。さらに煙突が見えたという事実だけを、投げ出すように詠んでいる句調からは、余計な情感を交えずに、見たままを伝えようという意思を感じる。
 「東京湾・蜃気楼」でネット検索するとたくさんの画像が現れる。タンカーやコンテナ船が多いが、水平線上に浮かぶ製鉄所の高炉や煙突もあった。葛西に住んでいる作者は、よく臨海公園あたりを散策されるのであろう。東京湾の向こう側は君津市である。春の晴れた日に、海上に揺らぐ煙突を見つけた驚きが伝わって来る。
(迷 24.04.18.)

光降るこの道白き花水木     水口 弥生

光降るこの道白き花水木     水口 弥生

『合評会から』(日経俳句会)

ヲブラダ 花水木の白を強調する句がいくつかありましたが「光降る」とは。
静舟 花水木の並木道はお天気の良い日は、まさに光り輝く道となる。
水馬 花水木の咲いている道はとても明るいです。春らしい句。
戸無広 光との調和がよく表現されています。
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 この句は句会で四点も取ったのだから、人の心をつかむ何物かを備えていることは確かだ。しかし、この句には「道が白いのか、白い光が降るのか、分かりにくい」という疑問が呈された。
 この句は「光降る」で切れて「この道白き花水木」と続くのか、あるいは「光降るこの道」と続き「白き花水木」という句またがりの二句一章の俳句なのか。前者だとすると「この道」で一旦小休止するいわゆる三段切れになって、まとまりに欠けてしまう。やはり、後者のとてもユニークな詠み方と受取るべきだろうか。おそらく作者はこれによって「光降る」を強調したかったのだと思う。
 しかし、そうすると今度は「白き花水木」というのがどうかということになる。花水木にはピンク系もあるが元来は白い花なのだから、わざわざ「白き」と断らなくてもいいのではという疑問である。
 「光降る」で十分なのだから「白き」などとせず、たとえば「光降る公園通り花水木」でいいのではないかと思った。しかしこれまたなんとなく物足りない。「光降るこの道白し花水木」とするか、「光降る白きこの道」とするか、難しい。ともあれ実に魅力的な一句であることは確かなのだが。
(水 24.04.16.)

花水木白いヴェールの修道女   谷川 水馬

花水木白いヴェールの修道女   谷川 水馬

『合評会から』(日経俳句会)

鷹洋 花水木に白いヴェールと修道女。乙女チックの三つ揃いみたいな句ですね。
愉里 ぱっと読んでイメージが浮かんで、きれいな句だなと思って頂きました。
迷哲 花水木はやっぱり白のイメージが強い。その白さをどう表現するか巧く詠めなくて。この句は花水木の清楚な印象とうまく重なっていると思い頂きました。
実千代 朝の教会の佇まいが絵のようで美しいです。
静舟 花の清楚な感じが修道女にふさわしい。
朗 花水木を白いヴェールの修道女に見立てるとは。すごい連想、想像力に脱帽です。
てる夫 ヨーロッパの古城の景色かな。教会の点在する長崎出島でも花水木はぴったり収まる。
          *       *       *
 花水木の清楚な姿が修道女にぴったりという評が相次ぎ点を集めた。花水木はやはり薄紅より白がいい。日本の桜、アメリカの花水木と、春を謳歌させる好一対である。この句は白い花びらを修道女のヴェールと見立てたことで共感を得たのだが、一部から修道女はヴェールを被っているのかと疑問が出た。たしかに町中で見かける修道女にヴェールはない。これは長崎浦上教会あたりであろうか。女性信者が白いヴェール姿で祈る光景が見られる。とにかく余計なことを言っていない句なのがいい。
(葉 24.04.15.)

燕来て街はちょっぴり元気づく  大澤 水牛

燕来て街はちょっぴり元気づく  大澤 水牛

『季のことば』

 この句の作者、水牛さんの季語解説によると「燕は春から秋まで日本列島にずっといるのだが、その飛来時の新鮮かつ颯爽たる様子がいかにも春を運んで来たように感じられるところから『春』のものとされるようになった。特に三月、初めて飛んで来た燕を『燕来る』とか『初燕』と言い、古くから俳人の好む句材になった」という。人家などに営巣し、子育てをする。姿形はスマートで可憐、害虫を食べてくれる益鳥でもある。つまり季語「燕」の本意は「市街地や町中に飛来し、人々に春の喜びを届けてくれる幸せの鳥」とでも言えるのではないか。掲句は、その本意を正しく読者に伝えてくれる。
 一読、この「街」は能登地震で被災した街並ではないかと解した。風光明媚で素晴らしかった能登の景観が、一瞬にして瓦解してしまった。その町空に燕が飛んで来た。「あ、燕だ!」。日常の何もかもが奪われ、避難所で生活せざるを得ない人たちの頭上を颯爽と飛び回る。春が来たことを燕によって実感し、ちょっとだけ気持が和む。そんなイメージが脳裏に浮かんだ。
 果たして作者は、被災地を想って詠んだという。ストレートな言葉を遣わずに婉曲表現でエールを送る。東日本大震災の時もそうだったが、ものが言えない俳句という短詩型は、あまりにも大きな出来事を扱うのは難しい。「ちょっぴり」しか言ってない掲句だからこそ、しっかり伝わることもあるのではないか。そう思わせる一句だ。
(双 24.04.13.)

春うらら乳母車にはペット乗り  岩田 三代

春うらら乳母車にはペット乗り  岩田 三代

『合評会から』(日経俳句会)

二堂 犬は番犬、猫はネズミ捕りとして飼ったものです。それを今では子どものように愛しているんですかねえ。
双歩 コロナ禍以降、犬を飼って散歩している人がやたら増えた。ペットが乳母車に乗っているのもよく目に付くようになり、「乳母車にペット」も認知されて来たなと思いました。
朗 どんな可愛い子かなと覗いたら、犬と目が合った経験があります。こちらも犬もびっくりです。
芳之 覗いてみたらペット。ほほえましい感じが出ています。
反平 よく見る光景。トイプードル。
          *       *       *
 作者は自宅近くの草加松原の松並木をよく散歩するそうだが、その途中ですれ違う乳母車を覗くと、このところペットの犬が乗っているのが多い。「あーあっと思っちゃいます」とおっしゃる。
 望まない妊娠をして産んでしまったからと、我が子をコンビニのトイレに捨ててしまうといったとんでもない女がいるかと思えば、夫婦共謀でいじめ殺してしまうというケースも散見される世の中。「乳母車にペット」というあたりがまずは罪がなくて微苦笑を誘う情景だろう。「これぞ令和時代の春うらら」とも言えようか。
(水 24.04.12.)

九十九里無限の空へ初燕     大沢 反平

九十九里無限の空へ初燕     大沢 反平

『この一句』

 九十九里の広大な空に初燕を飛ばせ、心が晴れ晴れとしてくる句である。九十九里は房総半島の東岸66キロにおよぶ砂浜をさす。どこまでも続く白い砂浜の眼前には太平洋が広がり、後背の丘に立つと地球が丸いことがよく分かる。
 固有名詞は強い印象を持つので、句に使う際は、ほかの素材とのバランスが大事になる。この句の場合は、九十九里の空の広大無辺のイメージと、春になって戻ってきた燕が自在に飛翔する姿が、鮮やかに合致している。「無限の空」はやや大げさな措辞にも見えるが、九十九里の浜に立ってみれば、十分納得できる表現である。固有名詞によって、句に現実感と躍動感が生まれているように思う。
 作者は長年千葉県に住み暮らし、よく奥様を乗せて房総半島各地をドライブされたと聞いたことがある。おそらく九十九里も何度も訪れ、その印象と思い出は脳裏に刻まれているに違いない。奥様の介護と自身の体調もあり、作者夫妻は一年ほど前に神奈川県三浦半島のケア施設に転居された。そんな事情を知って句を読み返すと、九十九里の空を飛ぶ燕には、房総半島を走り回っていた若き日の自分が重ねられているのではなかろうか。さらにいえば、燕が毎年帰る地に、今は帰れなくなったという作者の感慨が滲んでいるように思える。
(迷 24.04.10.)

燕来る外国人来る古長屋     伊藤 健史

燕来る外国人来る古長屋     伊藤 健史

『この一句』

 このごろ新聞やテレビに「インバウンド」という横文字言葉がしきりに現れる。inbound という英語は単に「外から内へ(入って来る)」という意味なのだが、今盛んに言われているインバウンドは観光業界用語の「訪日外国人」を指す言葉として通用している。
 成長力の鈍化してしまった日本がこれから食っていくには、「インバウンドが頼り」というのも半ば当たっているかも知れない。日本の大企業は既に国内市場に見切りをつけて、海外で生産販売し、そこで挙げた利益は海外で再投資し日本には還流しない。日本の大金持も海外に資産逃避している。しかし大多数の庶民はこの島国から逃げようもないから、“インバウンドさん”の落とす金を少しずつ分け合って食って行くより道はない。そこで「円」を安売り、つまり日本の有形無形のものを割安価格で提供し、「日本は安い」を印象付けて、一人でもたくさん来てもらうよりしょうがない。
 インバウンドさんたちは好奇心が強くて、日本国中歩き回る。大金持ばかりではなく、庶民階級のインバウンドさんも増えて来たから、時には昔ドヤ街などと呼ばれた裏町の古長屋を改造した安ホテルにも喜んで泊まる。となると、狭いところだけに古くからの住民といざこざを起こすことも稀ではなくなる。そういう軋轢を避けるために、私たちは「インバウンド受入先進国」のオーストリーやスイスの人たちを見習うべきだ。これらの国の住民はインバウンドさんたちに極めて優しく親切に当たる。しかしそれはあくまでも上辺だけ、自分たちの本当の生活圏には絶対に入れない。糞をする燕を軒先限りにしているように。
(水 24.04.09.)

春うらら傘寿揃ひてランチ会   久保田 操

春うらら傘寿揃ひてランチ会   久保田 操

『季のことば』

麗か(うららか)とは、角川俳句大歳時記によれば「春の日が美しく輝きわたり、すべてのものが明朗に感じられる状態」をいう季語である。水牛歳時記では、春の気持ちよさを表す季語として、気温に着目した「暖か」、陽光に意のある「麗か」、気分をいう「長閑」の三つをあげている。麗かは、「春うらら」の形でよく用いられるが、陽光の明るさに主眼があるので、秋麗、冬麗の季語もある。
掲句は、陽光降り注ぐ暖かい春の昼に、傘寿を迎えた面々が相集ってランチ会を開いている場面を詠む。80歳の爺さん連中がランチ会を開いても絵にならないので、ここはお婆ちゃん達と読み取るのが普通であろう。「揃ひて」という措辞は、たまたま集まった人が傘寿だったというより、学校の同級生あたりが久しぶりに打ち揃ったという響きがある。
冬の間は寒さやインフルエンザで外出を控えていたが、暖かい春を迎え、久しぶりに集まりましょうとなったのであろう。春うららの季語が、お婆ちゃんのランチ会にぴったりで、春の訪れを喜ぶ気分とともに、弾むようなおしゃべり声まで聞こえてきそうだ。
80歳といえば、太平洋戦争末期の生まれ。戦後の混乱期に育ち、激動の昭和を生き抜いて、平成・令和と子や孫の成長を見守ってきた。同じ時代を生きてきた仲間同士、ランチ会の話題は尽きなかったに違いない。
(迷 24.04.07.)