たんぽぽに地蔵菩薩の昼下がり  吉田 正義

たんぽぽに地蔵菩薩の昼下がり  吉田 正義

『合評会から』(三四郎句会)

而云 たんぽぽと地蔵様の取り合わせには、ほのぼのとした雰囲気を感じるなぁ。
久敬 田舎の春のおだやかな風景が思い浮かびますね。
雅博 「地蔵菩薩の昼下がり」が、たんぽぽらしさを引き出している。
賢一 ゆったりとした時間が流れているようです。地蔵さんがいい。
田村 お疲れのお地蔵さんにたんぽぽを配して、ほっこり感が生まれてきます。
          *      *      *
 陽春の一風景。路傍のお地蔵様にたんぽぽを配したこの句、誰もがいい雰囲気だ、と感ずるに違いない。時がゆったりと流れ、ふわふわと飛んできた蝶が、たんぽぽに止まって一休み、というような場面が浮かんでくるし、「昼下がり」という時刻設定も効いている。
 一つだけ気になるのが上五「たんぽぽに」の「に」である。「AとB」の「と」のように、二つのものを並べる格助詞の役割を「に」に与えているなら、「たんぽぽ”と”」とした方がすっきりするのではないだろうか。お地蔵様は眠たそうに「どちらでもいいよ」とおっしゃるかも知れないけれど。
(恂 22.05.23.)

よそ見した入学式の写真かな   印南  進

よそ見した入学式の写真かな   印南  進

『この一句』

 この句に対して、「そうそう」「あるある」「実は私も・・・」といったコメントが続いた。小学校の入学式で、新入生が何列かに並んだ中で必ずと言っていいほどに見かけるのが、よそ見をした生徒である。その場面が写真に撮られてしまうと、何年経っても写真を見るたびに思い出し、家族や親類などの笑いを集める仕儀となるのだ。
 幼稚園児、保育園児ではもっと落ち着きがなく、列も乱れがちなのだが、小学校入学は幼児から大人への第一歩。親たちは胸を張ってきちんと立ち、よそ見をしないような我が子の姿を望んでしまう。しかし前後左右に一年生が並ぶとなると、誰もが落ち着きを失う。「お母さんはどこかな」と確かめたくもなるはずである。
 句の作者は「落ち着きのない注意散漫の子だったからなぁ」と小学校入学時の自分を振り返る。大卒後は航空会社に入り、重要な役目を果たして引退。句友の間では信頼の置ける人物、とされているが、ご本人は「三つ子の魂百まで、とはよく言ったのだ」と述懐。今でも小学校入学時の写真を見ながら「自戒している」そうである。
(恂 22.05.22.)

母の日にまるまる母を洗ひたり  星川 水兎

母の日にまるまる母を洗ひたり  星川 水兎

『この一句』

 何と優しい、また何と的確な言葉を選ばれたのだろうと、その性格と言語感覚に羨ましさを感じた。そのカギは「まるまる」という簡にして要を得た表現にある。この一語によって、母親の頭の天辺から足の爪先まで、全身をくまなく丁寧に洗っている様子が想われる。同時に、老いた母親を優しく慈しんでいる心持ちが伝わって来る。
 多分、作者は母親の体を洗いながら、いろいろ語り合ったのではないか。かつての家族、たとえば父親のこととか、最近の心身の具合とか。その何気ないような会話には、自分を育て上げてくれたことへの感謝の念が籠っていただろうし、これからの母親の生き方を見守ろうという思いも混じっていただろう。そしてゆったりと手を動かしていく。
日本で「母の日」が広まったのは昭和四十年代のことといわれる。ただ、当時は企業戦士全盛、マイホーム主義は白い目で見られた。ところが現在はワークライフバランス重視の時代。子供がお母さんの絵を描いて持って行くと、店頭に貼り出すだけでなく、ご褒美に玩具をくれるスーパーもある。母の日も時代を映す鏡なのである。
(光 22.05.20.)

合性といふもののあり若竹煮   大澤 水牛

合性といふもののあり若竹煮   大澤 水牛

『この一句』

 「出会いもの」という言葉があるらしい。同じ季節の山の幸、里の幸、海の幸を取り合わせることをいうらしい。冬の大根と鰤、夏の茄子と鰊と並んで、春の筍と若布が「出会いもの」の例として紹介されているコラムがあった。同じ季節の食材と言うだけなら他にもいろいろ考えられるのに、これらが「出会いもの」の代表例とされるのは、この句に詠まれているように、そこに合性(相性)の良さがあるからだろう。例えば、鰤大根なら、鰤の旨味が煮汁に溶け込み、大根がその煮汁をたっぷり吸って味を引き立てられる、というように。
 若竹煮の場合はどうだろうか?若布の出汁が筍にしみて、筍の味を引き立てるのは鰤大根と同様であるが、それ以外に、筍のさくさくした食感と、若布のぬめっとした食感の、取り合せの良さもある。また、筍の淡い緑と、若布の濃い緑の取り合せが、いかにも春の到来にふさわしく、目を楽しませてくれる。さらに、若竹煮には木の芽が欠かせない。木の芽を添えることにより、若竹煮は鼻先と舌先を通じて、いやがおうにも食欲をそそる一品として完成する。
 掲句は上五、中七で「合性といふもののあり」と言い切って、下五に季語の「若竹煮」を置く、心憎い取り合せの句である。言うまでもなく、料理の話だけでなく、人の世にも「合性といふもの」があることを想起させる句になっている。出汁のような、しみじみとした味わいのある句である。
(可 22.05.19.)

すり減りし地蔵の顔に夏日差す  岩田 三代

すり減りし地蔵の顔に夏日差す  岩田 三代

『合評会から』(都電荒川線薔薇吟行)

三薬 確かにあの地蔵さん、のっぺら坊でした。何人が撫ぜたんだろうか? 
双歩 顔の凹凸がすっかりなくなったお地蔵さんがありましたね。よく見てる。
二堂 ポツンと立つお地蔵さん。顔はすっかりすり減って見えませんでした。多くの人から願いをかけられたからに違いありません。
方円 こうした町の文化財をきちんと残しているのも日本のいいところだ。
愉里 街中にあってもそこだけ時の流れ方が違うようなお寺や神社や墓地を沢山巡りました。
守  東京の真ん中に”江戸”をたくさん発見できた吟行でした。
          *       *       *
 荒川線のチンチン電車を下りて、巣鴨の旧中山道の庚申塚のそばにある地蔵さん。何百年間も参詣人が撫でるものだから、のっぺらぼうになってしまっている。それがさらに有難味を増すのか、相変わらず撫でている。この近くの「とげぬき地蔵」高岩寺の境内にある「洗い観音」も江戸の昔から、参詣客が直してもらいたいところをタワシでこすっていたから、身体中つるつるになってしまい、平成に入って間もなく新しい観音像に代えられた。
 落語「寿限無」には「五劫の擦り切れ」というのが出てくる。天女の羽衣が当たって巨岩を擦り減らし、それが何十億回だか重なって、ついに巨岩を消滅せしめるほどの時間だという。それと比べたらこのお地蔵さんはすり減るのが少し早いが、それでも数百年はたつ。
 磨り減ったお地蔵さんを初夏の日が照らし、やわらかく光らせていた。
(水.22.05.18.)

「みんなの俳句」来訪者が17万人を超えました

「みんなの俳句」来訪者が17万人を超えました
 俳句振興NPO法人双牛舎が2008年(平成20年)1月1日に発信開始したブログ「みんなの俳句」への累計来訪者が、昨日5月16日に17万人を越えました。これも一重にご愛読下さる皆様のお蔭と深く感謝いたします。
 このブログはNPO双牛舎参加句会の日経俳句会、番町喜楽会、三四郎句会の会員諸兄姉の作品を中心に、日替わりで一句ずつ取り上げて「みんなの俳句委員会」の幹事8人がコメントを付して掲載しています。
 このブログもスタート当初は一日の来訪者が10人台だったのが、徐々に増え始め、今では一日平均50人を超えるようになっています。幹事一同、これからも力を尽くしてこのブログを盛り立てて参る所存です。どうぞ引き続きご愛読のほどお願いいたします。
     2022年(令和4年)5月17日 「みんなの俳句」幹事一同

一斉に富士に尾を振る鯉幟     須藤 光迷

一斉に富士に尾を振る鯉幟     須藤 光迷

『合評会から』(番町喜楽会)

水牛・幻水 気持ちのいい句ですね。その一言です。
木葉 風向きで尾が富士に向いているんでしょうね。気持ちのいい句です。
春陽子 地名が詠まれた句の一つとしていただきました。富士がいいです。
百子 風に吹かれて鯉幟の尾が富士に向かって泳いでいるんですね。景の大きい句です。
           *       *       *
 雄大な富士山を背景に、薫風をはらんで大空に泳ぐ鯉幟を印象的に描いた句である。「一斉に尾を振る」の擬人化表現がはまっており、たくさんの鯉幟が風を受けて、嬉しげにはためいている様が目に浮かんでくる。大きな鯉幟を揚げるには広い場所と高い支柱が必要で、都会ではほとんど見なくなった。観光地などで川に渡した綱に鯉幟を下げたところがあるが、やはり鯉幟は縦に並んで空高く泳いでいる景が一番だ。
 詠まれた場所はどこだろう?富士山は関東、中部はもとより、福島や奈良、和歌山など20都府県ほどで見ることができるという。しかし鯉幟が尾を振るには、富士山がかなり大きく見える場所でなければなるまい。とすれば静岡か山梨が有力だ。作者は4月の日経俳句会に「富士蒼し浜一面の桜蝦」の句を出している。掲句も静岡県の由比海岸から眺めた富士山をバックにしたものではなかろうか。ひとつの旅で佳句をいくつも詠む。旅好きの作者ならではの手並である。
(迷 22.05.17.)

笹舟の疎水に早し夏来たる    廣田 可升

笹舟の疎水に早し夏来たる    廣田 可升

『合評会から』(番町喜楽会)

而云 「疎水」と言うと南禅寺を思い出します。あそこも早いんですね、流れが。「夏来たる」とよく合っていますね。
水馬 類句がありそうですが夏らしい気持ちのいい句だと思いました。
可升(作者) 京都の若王子の疎水を散歩していたら、笹舟を作って流しているおっちゃんに「一緒に遊びませんか」と声をかけられて、笹舟の流し方を教えてもらったことがあります。その時の写真もあります(スマホの写真を皆に回す)。まあ暇人とみられたのでしょう(笑)。
          *       *       *
 笹舟に疎水、いかにも「夏来たる」の句である。場所は京都・哲学の道。哲学者西田幾多郎が毎日散策した京都学派の聖地としてあまりにも有名。全長2キロの道のりの南の起点・若王子橋でのこと。いまどき珍しい笹舟遊びをする人に出会った。さすが疎水の流れる京都には雅な遊びをする大人がいるものだ。その昔平安貴族が曲水の宴に興じた土地柄である。筆者はこのごろ笹舟など作れる子どももいないだろうと思い、作者の思い出の句と取った。それは違ったが懐かしい光景である。琵琶湖から引く疎水の流れは早い。「もう夏が来たか」という作者の感慨が笹舟に託されている。ちなみに作者によれば、笹舟は水仙の花の重りを載せて疎水に垂直に落とすとうまく流れて行くそうな。出会った景の流れに作者が難なく乗った句だ。
(葉 22.05.16.)

川底の澄みて立夏の神田川    向井 愉里

川底の澄みて立夏の神田川    向井 愉里

『この一句』

 何とも気持ちの良い句だ。この句は5月5日、気温がぐんぐん上がり、暑いくらいの陽気となった立夏当日に行われた吟行で詠まれた作品。吟行は、都電荒川線の早稲田から終点の三ノ輪橋まで、途中下車しながら路面電車に乗って沿線に咲く薔薇を鑑賞しようと企画された。
 手始めに早稲田から神田川に沿って関口芭蕉庵まで歩いた。眼下の神田川はかつての汚れた川とは違い、すっかりきれいになって清らかな水が流れていた。その情景をサラリと詠んだこの句は、参加者の圧倒的人気を集めた。驚くべきことに何と作者を除く12人中10人もが選んだのだ。実に支持率83パーセント。20人の句会なら16点、30人の句会なら25点の勘定だ。同じ景色を見て、似たような感慨を抱きがちの吟行では、どうしても類似の句が出て票が分散されやすい。例えば、12人が参加したひと月ほど前の山梨で桃の花を愛でた吟行では、どの句にも満遍なく点が入り、3、4点が高点句だった。同じ規模の吟行で10点獲得がいかに凄いかがわかる。
 『なんと言っても吟行当日の「立夏」を据えて詠んだことと、吟行スタートの神田川の様子を的確に捉えたセンスに脱帽』という水牛さんの選評に集約されるように、澄んだ川と立夏の季節感とで、訪れた地への実に爽やかな挨拶句となって、みんなの気持ちを一つにした。
(双 22.05.15.)

母の日を知らざる母の位牌拭く  玉田春陽子

母の日を知らざる母の位牌拭く  玉田春陽子

『この一句』

 母の日は五月の第二日曜日、母親に感謝を捧げる日。アメリカの一女性が亡母を偲んで白のカーネーションを教会で配ったのが始まり。母健在の人は赤いカーネーションを身に着けた。ウィルソン大統領によって「母の日」が制定され、日本では大正年間に伝わり、戦後に広く定着した。
 母の日をどう過ごすか、家族の在り様で千差万別。男の子ばかりの家庭と女の子がたくさんの家では、景色は大いに違うだろう。息子のお嫁さんが母の日を盛り上げるケースもあろう。母子の関係がうまくない家庭では、まるで話題にもならないかもしれない。
 この句にある「知らざる」とは、どういうことか。おそらく母の日を祝う「空気」がなかった、という意味合いのように思う。家内の誰かが言い出せばそれは相応のセレモニーが行われたに違いない。たまたま母の日が家内で話題にならなかっただけ、なのかもしれない。
 娘二人の我が家では、彼女らが母の日を祝う先頭に立っていた。父親の私が旗を振らずとも娘らがお膳立てをしたものである。この句の作者が亡き母の位牌を拭ったのは、「しまった、母の日のお祝いもしてなかった」からではないだろうか。それで「償い」が済むものでもないだろうが、仏壇を整えることで、作者の気持ちが済んだのではないか。
 我が仏壇には、両親、亡妻、亡兄四人の位牌・遺影が並んでいる。毎朝の挨拶は、コーヒー一杯を供え拝礼するだけ。経を唱えることもない。気持ちが通じていると思うから、略式でいいと決め込んでいる。
 位牌を拭った作者の心持も同じような気がする。
(て 22.05.13.)