女正月馴染みの店へ二人して   井上庄一郎

女正月馴染みの店へ二人して   井上庄一郎

『この一句』

 女正月(おんなしょうがつ)は、小正月の別称で1月15日を中心に祝われる正月をいう。元日の大正月を男正月と言うのに対応したもの。年末年始に多忙だった女性が15日頃にやっと手が空いて、年始回りに出かけたり、食べ物を持ち寄って女性だけで慰労の集まりをする。
 掲句は、年末年始に子供や孫の世話で忙しかった妻を思いやり、馴染みの店に連れ立って出かける老夫婦と読み解き、一票を投じた。句会では「スイーツも酒も持ち寄り女正月」(徳永木葉)という別の句に票が集中した。スイーツという現代的な言葉と、古い行事である女正月を組み合わせ、伸びやかに生きる女性を活写した句で、宴の様子まで浮かんでくる。
 スイーツの句が女正月の本義を踏まえつつ、現代の世相を巧みに詠み込んだ佳句であることに異論はないが、労わり合いながら馴染みの店に出かける老夫婦の姿も心に残る。女性活躍社会と超高齢化社会という、現代日本の縮図が女正月に二重写しになっている。
(迷 20.01.26.)

鳥来るを待つ千両のつぶらかな  水口 弥生

鳥来るを待つ千両のつぶらかな  水口 弥生

『この一句』

 冬季に熟す赤い実が珍重される千両、常緑の小低木である。花が絶え色彩を失った庭園のアクセントに、正月飾りの花瓶に欠かせない役者として珍重される。
 この句の際立つ措辞は「鳥来るを待つ」であろう。庭師は鳥が来て千両に群がるのを嫌う。「実千両」を食べつくすからだ。その鳥を待つと置いた作者の意図を考えた。もちろん赤い実を鳥に食べさせたい気持ちなどあるはずがない、と思う。しかし、待てよ、心優しい作者のことだから、もしかしたら食べ尽くされてもいいや、という気分なのかも知れない。どちらか確定はできないが、とにかくこの実を早く鳥たちにも見せてやりたい、「みせたがり」の気持を込めたものにちがいない。
千両になり代わって「鳥を待つ」と言い放ったことにより、「実千両」を強調する効果を発揮した。「つぶら」という柔らかな表現で円い実を飾ってもいる。五七五の十七音、一気に読ませるリズム感も心地良い。地味で静かな詠み方だが、いかにも新年句会にふさわしい一句だった。
(て 20.01.24.)

台風で壊れし家に松飾      竹居 照芳

台風で壊れし家に松飾      竹居 照芳

『合評会から』(三四郎句会)

雅博 これは昨年の災害に見舞われた家でしょう。
進  被害の跡片付けはそのまま。家は倒れたままなのだ。
久敬 台風禍そのままの家に松飾。こういうところに日本人の心情が感じられる。
照芳(作者)千葉県は台風禍に水害も酷く、本当に大変だったらしい。そんな状況をテレビで見続けているので・・・。
     *        *          *
 一月半ばの句会に投句された作品。句を見たときは「松飾」に時期遅れを感じたが、合評会の言葉を聞いて「そうだったのか」と了解した。家は台風禍によって、倒壊したままだった。家族は無事だったにしても、その家にはもちろん住めない。暮も押し詰まった頃、仮の住居に住む家族が家の跡にやって来て、壊れた家の玄関辺りに松飾を置いて行ったのだ。
 松過の頃になっても、松飾は残っていた。近隣の人々は松飾を見ながら通り過ぎ、
「たいへんだなぁ」とかつての隣人の生活を思いやる。潰れた家はいつまでこのままにしておくのか。あの人たちは、もうここに戻ってこないのか。自然災害に心を痛める心は、国民共通のものと言っていい。
(恂 20.01.23.)

除夜の鐘ゴーンと鳴るは逃げた後  荻野雅史

除夜の鐘ゴーンと鳴るは逃げた後  荻野雅史

『この一句』

 日産自動車の元会長カルロス・ゴーン被告のレバノンへの逃亡劇は、昨年末のビッグニュースとして世界を驚かせた。この句はそのドタバタ劇を詠んだ時事句として人気を集めた。もっとも、採った人たちは「なんだか川柳っぽいが」と付け加えていた。ではどこが川柳のようなのか、俳句と川柳の違いはどこにあるのかを考えた。
 和歌をルーツとする俳句と川柳は兄弟みたいなものだ。和歌の五七五の上句と七七の下句を別々の人が詠む遊びから連歌が生まれ、より遊戯性の高い俳諧連歌(連句)になり、その発句が独立して俳句となった。そして連句の四句目以降の自由自在に詠める「平句(ひらく)」が川柳になったという。川柳は話し言葉を積極的に用いて人情の機微やタイムリーな話題を詠み、今日も確固たる文芸の一ジャンルを占めている。軽みやおかしみを重視し、毒を孕んでいることも必要だとか。掲句は概ねこの条件に合致している。
 この句が連句会で詠まれていたら、喝采を浴びただろう。大晦日に楽器の箱だかに潜んで逃れたゴーンを除夜の鐘に合わせた機知あふるる詠みっぷりにはほとほと感服した。
(双 20.01.22.)

枯むぐら除けるや蕗の薹二つ   大澤 水牛

枯むぐら除けるや蕗の薹二つ   大澤 水牛

『この一句』

 この句は「季重なり」の句である。俳句は一般的には「季重なり」を嫌い、仮に使う場合でも複数の季語の軽重をはっきりさせることを求める。季語の力を殺ぐなという戒めだろう。
 この句の季語、ひとつは「枯むぐら」で冬の季語、もうひとつは「蕗の薹」で初春の季語である。「季重なり」であることに加えて、異なる季節の季語を重ねた句である。しかもその二つの季語をうまく使い分け、季節の移り変わりを大変効果的に表現している。一句は、冬を「除けるや」春がそこに芽生えていた、という発見の喜びを伝える句に仕上がっている。これは意図して「季重なり」で詠んだ、手練れの作者の句に違いないと確信した。作者が判明してなるほどと思った。
 この光景は作者が自分の家の庭で実際に経験したことらしい。いつもの年ならまだ芽生えてないはずの蕗の薹が、暖冬のせいで芽を出していて驚いたのがもとになっているという。この発見が、環境変動に伴う異常気象がもたらしたものだとすれば、単純に喜んでいる場合ではないのかもしれない。しかし、それは人の罪であって、蕗の薹の罪ではない。ひとまずは素直に、この美しい句を味わいたい。
(可 20.01.21.)

スタートの号砲間近淑気満つ   向井 ゆり

スタートの号砲間近淑気満つ   向井 ゆり

『季のことば』

 淑気(しゅくき)は、角川歳時記によれば「新年の天地に満ちる清らかで厳かな気」を意味する季語。俳句以外ではまず目にしない。例句には山や海の景を取り合わせたものや神社で詠んだものが多い。これに対し掲句は、正月の駅伝風景に淑気をぶつけている。
 正月に号砲の鳴るスポーツは駅伝しかない。実業団のニューイヤー駅伝も考えられるが、ここは二日朝に大手町をスタートする大学生の箱根駅伝と解したい。各校の第一走者が母校の襷を胸にスタートの号砲を待つ。その一瞬の静寂と緊張感が、季語の淑気とマッチしている。
 新年の初句会では駅伝を詠んだ句が掲句を含め4句もあり、いずれも兼題の淑気と取り合わせていた。箱根駅伝は全国的に人気が高く、正月スポーツの定番となっている。お屠蘇気分の抜けない二日、三日に沿道やテレビの前で、若き学生が懸命に走り、襷をつなぐ姿を見る。「ああ、正月だなー」と思う気持ちが、淑気を呼び寄せているのであろう。
(迷 20.01.20.)

ごまめ煎る気長な妻のありがたき  工藤静舟

ごまめ煎る気長な妻のありがたき  工藤静舟

『この一句』

 何とも羨ましい夫婦――この句を目にしたときの感想が、これだった。従って、迷わず頂戴した。初句会でのことである。想像するに、年末、奥様が台所で田作を作ろうとして、ごまめを煎っているのだろう。煎った後、醤油に砂糖、味醂をあわせた甘辛い汁を絡めれば、お節料理の一品が出来上がる。すでに金柑の甘煮なども用意され…。
 「羨ましい」と思ったのは、妻に素直に「ありがたき」と思えること、さらに、それを句に仕立て、他人に言える姿勢、生き方である。かつての日本男児云々はともかく、現代の若い男性でも、妻に対する感謝の気持ちを、こんなに素直に口に出せるものではあるまい。それを外連味なく言いおおせる所に、愛情の深さが感じられる。
 句会では、酒豪の男性が「ごまめを煎るのは自分の役割」と言えば、「煎ったばかりの香ばしいごまめは酒の肴にぴったり」など、しばし談論風発。最後に作者が「毎年、飲み会に煎ったごまめを持って来る人がいて…」と、照れ隠しのような逃げを打ったが、その言葉は句座の面々の耳に残ったかどうか。
(光 20.01.19.)

釣ったのは空飛ぶジャンボ恵比寿神 岡田鷹洋

釣ったのは空飛ぶジャンボ恵比寿神 岡田鷹洋

『おかめはちもく』

 初夢の句かと思うかも知れないが、1月4日に句友連れ立って七福神巡りをした際の吟行句である。品川宿近辺の旧東海道を歩いたのだが、街道に沿って鮫洲、青物横丁など商店街が続き、由緒ある社寺が散在している。門前に江戸六地蔵の一体が鎮座する品川寺で、羽田空港の飛行ルート変更に反対する市民運動家の一群に遭遇した。商店街の真上をジャンボジェット機が飛ぶことになり、危険だと訴えるビラを参拝客に配っていた。
 掲句はその見聞を下敷きにしているが、七福神の一人である恵比寿様を登場させ、人間界の騒動を笑い飛ばしている。雲の上で豪快にジャンボ機を釣っている恵比寿様の姿が浮かんできて、俗世を忘れ愉快な気分になる。
 ただこの句には季語がない。作者は「恵比寿神」で、季語の「七福神詣」をイメージさせたかったと思われる。確かに、七福神のどれかを入れれば新春福詣を示すことになるという説もあるのだが、ちょっと無理なようだ。ここは例えば「初空やジャンボ釣り上ぐ恵比寿神」など、新年らしい季語を入れてみてはどうだろう。
(迷 20.01.17.)

巡り終へ酒席に揃ふ七福神    中村 迷哲

巡り終へ酒席に揃ふ七福神    中村 迷哲

『合評会から』(東海七福神吟行)

双歩 これが楽しみでえっちらえっちら旧東海道を上ってきたようなもの。喉の渇きを癒やす「モルツ」が美味で、台湾料理によく合ってました。
鷹洋 大団円でしたね。うまいところに着眼しました。呑み助は七人を越えていたが。
木葉 そうでしょう、七福神は身近にいました。新年会を兼ねた打ち上げの和気藹藹を気持ちよく詠い上げた。台湾料理の味加減とともに結構でした。
春陽子 打ち上げの席に七福神が招待されていたなんて、楽しい発想の句です。酒席の楽しさが伝わって来ます
命水 打ち上げの場は福の神ばかりでした。
          *       *       *
 品川神社で大黒天に福徳を祈って令和2年の七福神吟行は大団円。いや、七福巡りは鱈腹飲みかつ食べるための腹ごなしと心得ている面々だから、北品川商店街の庶民的台湾料理屋「游羅」の飲み放題宴会は大賑わい。この吟行を設営してくれたのが、この句の作者。いかにもほっとした感じが伝わって来る。
(水 20.01.16.)

賽銭を小出しに供え七福神    植村 博明

賽銭を小出しに供え七福神    植村 博明

『合評会から』(東海七福神吟行)

青水 七福神巡りを含め、寺社へ詣でる際に欠かせないのがお賽銭。この心得があり、事前にしっかり用意していた人とそうでない人。中七がそそくさと拝礼する手練れの姿を素直に述べていてうれしい。
斗詩子 七つも巡るので小銭入れをポケットから出したり入れたり忙しい。ご縁というから五円、いやそれで一年の願い事とはちとあつかましいか。十円や五十円でも少ないか。でも五百円は大きすぎる、などなど考えつつチャリーン。
冷峰 私は百円玉を用意しました。上手がいました。ご縁がある様にと五円玉をビニール袋に用意して。さすがですね。
         *       *       *
 最低でも七カ所、場合によっては+αとなると、「えいやっ」と奮発もしかねる。「俳句の上達を願うのだから、弁財天だけ倍に」というのも何か変だ。とすると、身の丈に合った金額は…という深~い悩み、よくわかります。それにしても、拝殿の前でガサゴソせず、さりげなく賽銭を取り出し、親が子に作法を教えつつやって見せ、詣でる姿は、見ていて清々しい。気持ちよくなりますね。
(光 20.01.15.)